はりー・ポッターと死の秘宝(第31章前半)

ハリーは懐かしい大広間にいた。
寮監たちの指示で、生徒が大広間に集まっていた。ホグワーツの教師たち、騎士団メンバーや元DAメンバーも大広間に集結していた。
スネイプが逃亡したので、学校全体に指示を出すのは副校長のマクゴナガルだった。
真夜中近い時間のはずだから、生徒たちは眠りについてからすぐ起こされたのだろう。部屋着のままの生徒も、旅行マントを羽織った生徒もいる。

「避難を監督するのはフィルチさんとマダム・ポンフリーです。監督生はそれぞれの寮をまとめて指揮をとり…」
このマクゴナガルの説明に「え?」と思ってしまった。フィルチさんとマダム・ポンフリーはホッグズ・ヘッドへの抜け道を知らないだろう。DAの誰かが先導するべきではないのか?

「残って戦いたい者はどうしますか」とアーニー・マクミランが質問した。
「成人に達した者は、残ってもかまいません」と即座にマクゴナガルが答える。ひとりひとりの自己決定権を尊重する姿勢がよくわかる。日本だとこうはいかないだろう。

そこへ、ヴォルデモートの声が響き渡った。どこから聞こえるのはわからないが、城中にスピーカーを配したような響き方をする魔法があるのだろう。
ハリー・ポッターを差し出せ。そうすれば、誰も傷つけはせぬ」「真夜中まで待ってやる」

スリザリンのテーブルから、パンジー・パーキンソンが立ち上がった。「ポッターはあそこよ。誰かポッターを捕まえて」
グリフィンドール生が、そしてハッフルパフ生とレイブンクロー生も、ハリーを守るようにハリーを囲んで杖を抜いた。

マクゴナガルが言った。
ミス・パーキンソン、フィルチさんといっしょに、最初に大広間から出て行きなさい。ほかのスリザリン生も、そのあとに続いて出てください」
映画でのマクゴナガルは、スリザリン生が地下牢へ行くように言うが、なぜそんな改変をしたのだろう?スリザリンも他の寮の生徒もホッグズ・ヘッドへの通路を使って校外へ逃げるというのが原作の設定なのに、それを変える必要がどこにあるのだろう。

出て行きたい生徒が全員大広間から去り、スリザリンのテーブルから誰もいなくなった。ドラコとその取り巻きは、最初からこの場にいなかったと思われる。
レイブンクローのテーブルには何人かの生徒が残り、ハッフルパフのテーブルにはもっと多くの生徒が残った。グリフィンドールのテーブルには大半の生徒が残ったが未成年もいたので、マクゴナガル先生は未成年の生徒に出て行くようにうながした。

キングズリーが壇に立って、誰がどの場所で戦うか、配置を説明し始めた。ホグワーツの教師陣と騎士団の間で、すでに戦略の合意ができているというのだ。
つまり、ホグワーツ校が対ヴォルデモートの決戦の場になることを、騎士団も先生方も予測していたことになる。そして、この「先生方」にはスネイプが入っていないはずだ。つまりマクゴナガルは、スネイプには内緒で他の教師や騎士団と相談して、戦略を練っていたことになる。

生徒たちが指示を受けようと集まっているのを見ていたハリーに、マクゴナガルが近づいてきた。
「何か探し物をするはずではないのですか?」
ハリーは分霊箱のことをすっかり忘れていたのだ。
「ロンとハーマイオニーの謎の不在が、他のことを一時的に頭から追い出してしまっていた」と書かれている。しかし、このハリーのふるまいはひどすぎないか。
「ポッターが必要なことをしている間、私たちは、能力の及ぶ限りのあらゆる防御を…」とマクゴナガルはいっていた。そのことをハリー自身が忘れてどうするのか。確かにハリーは、何か一つのことに気を取られるとほかの大切なことを忘れてしまう傾向があった。しかし、この場でそのくせが出るというのはひどすぎる。

「生きている者の記憶にある限りでは、誰も見た者はない」
前章でレイブンクローの髪飾りについて尋ねたとき、フリットウィックはそう答えた。
生きている者が知らないなら、死んだ者に聞くのはどうだろうか。ハリーはそう思いつき、ニックの助けを借りて、レイブンクロー寮のゴーストである灰色のレディを探した。

髪飾りのことを尋ねるハリーに、レディは冷ややかだった。この髪飾りをかぶると知恵を授かるという言い伝えのおかげで、多くの生徒が髪飾りを欲しがり、それにうんざりしていたのだ。
ハリーは必死になって、その髪飾りを自分でかぶるつもりはないと説明した。
「あなたがホグワーツのことを気にかけているなら、もしヴォルデモートが滅ぼされることを願っているなら、その髪飾りについてご存知のことを話してください!」

しばらく黙っていたレディが、口を開いた。
レディの生前の名は、ヘレナ・レイブンクロー。創始者の一人、ロウェナ・レイブンクローの娘だった。
ヘレナは母親の髪飾りを盗み、それを持って逃げた。ロウェナはヘレナに片思いしていた男に命じて娘を探させた。それを知ったヘレナは、アルバニアの森の木のうろに髪飾りを隠した。男はヘレナを見つけたが、ヘレナに拒まれ、カッとなってヘレナを刺し、自分も命を絶った。その男が、スリザリン寮のゴーストになっている血みどろ男爵だった。

血みどろ男爵は「賢者の石」7章で登場している。なぜ彼が血みどろなのか、最終巻のここでやっと明かされるのだ。原作者はヘレナと男爵の物語を、最初から考えていたということなのだろうか。

アルバニア」ということばから、ハリーはヴォルデモートがその場所を知っていたことを思い出した。
「この話を、誰かにしたことがあるのですね?」というハリーの問いに、ヘレナはうなずいた。
ヴォルデモートがことば巧みにヘレナから髪飾りのありかを聞き出したと、ハリーは推理した。そして髪飾りを分霊箱にしたのだと。

さらにハリーが思い出したことがある。
前巻でハリーは、スネイプの教科書を必要の部屋に隠した。そのとき、目印のために黒ずんだティアラを魔法戦士の像に載せた。あれがレイブンクローの髪飾りで、ヴォルデモートの分霊箱だったに違いない。
トム・リドルは、自分だけが必要の部屋の秘密を知っていると思ったのだ。

例えば日本の刑事ドラマなら、一分の隙もない推理や証拠で、主人公は真相にたどりつく。
しかしハリーの場合、推理というより直感だ。「これこれの可能性がある」とハリーが思いつくだけで、それが真相になってしまう。推理小説としてみれば、穴だらけだ。
そもそも、トム・リドルが「自分だけがこの部屋を知っている」と思うこと自体に無理がある。あの部屋には、代々の生徒たちが隠した物が山積みになっていた。つまり、過去千年の間に無数の生徒がここを隠し場所に使った訳で、これからも色々な生徒がここを使うはずだ。頭の良いトムが「自分だけしかここを知らない」と考えるはずがない。

それはともかく、この章ではハリーの推理と場内のようすがモザイクのように入り組んで描かれている。
ハグリッドはヴォルデモートの「放送」を聞いて、ホグワーツに戻ってきた。スプラウト先生は何人かの生徒を引き連れて走り、その中にいたネビルはマンドレイクを抱えている。城の中の肖像画の人物は他の絵の中へと走り回り、お互いに状況を知らせあっている。カドガン卿もハリーの動きを追っている。

抜け穴の入り口には、フレッド、リー、それにハンナ・アボットがいた。
ハンナはストーリーに直接からむことはないが、何度も登場する。のちにネビルと結婚すると原作者が明かしているので、在校中ネビルと心を通わせる機会があったのだろうと想像できる。
アバーフォースも城にやってきた。彼の話から、生徒たちが無事にホグズミードに出たことがわかった。

もうすぐ必要の部屋に着くというところで、ハリーはついにロンとハーマイオニーを見つけた。
ロンはほうきを抱え、ふたりともバジリスクの牙を持っている。
ロンは、秘密の部屋にバジリスクの牙があるはずだと思いついたのだ。そして、バジリスクの牙なら分霊箱を破壊できる。ロンはハリーが言っていた「開け」の蛇語を真似て秘密の部屋を開け、牙を取り、二人でほうきに乗って出口まで戻ってきたのだ。

ロンは、破壊されたカップの残骸を見せた。ハーマイオニーが刺したという。
これまでの分霊箱のふるまいを考えたら、カップだって素直に刺されてはくれまい。何かハーマイオニーを苦しめる幻影を見せたに違いない。例えば両親が拷問される姿とか。
ロンが見た幻影をハリーが秘密にしていたように、ロンもハーマイオニーが見た幻影を話さなかった。ハリーが知らない以上、読者も知らない。分霊箱がハーマイオニーに何を見せたのかを。

やっと揃った三人は、必要の部屋に入った。
そこには、ジニーとトンクス、それにネビルの祖母がいた。