ハリー・ポッターと死の秘宝(第32章後半)

叫びの屋敷に着いた。トンネルの出口が木箱のようなものでふさがれていたが、ハリーは隙間から覗いた。
ナギニが透明な球体の中でとぐろを巻いているのが見えた。この球体は、ヴォルデモートが施した魔法の護りなのだろう。
スネイプとヴォルデモートが話している声が聞こえた。

スネイプが「小僧を探すようお命じください。私ならあいつを見つけられます」と懇願している。
結末を知った上でここを読み直すと、スネイプはダンブルドアに命じられた伝言をハリーに言うためにハリーに会うことを考えているのだとわかる。しかしこの時点では、読者もハリーも、スネイプの真意はわからない。
そして、もしスネイプがこの場を離れてハリーを見付け出したとしても、ハリーがスネイプの言うことに耳を傾けるとは思えない。

ヴォルデモートは、手にしているニワトコの杖が自分の思いどおりにならないと言う。オリバンダーの店で買った杖となんら変わらないと。
ハーマイオニーもハリーも、自分のと違う杖を持った時には自分の杖よりうまくいかなかった。しかしヴォルデモートの場合は、ニワトコの杖と元のイチイの杖が同じように機能しているというのは、やはりヴォルデモートの魔法力の強さを示しているのだろうか。

杖が勝者に忠誠心を移すと言う説は、ゼノフィリウスから「死の秘宝」の伝説を聞いたときにハリーの頭にぼんやり浮かんだ考えだったが、貝殻の家でオリバンダーと話したときにはっきりした。
しかしヴォルデモートは、いつそれを知ったのだろうか。小説に記述がないのでわからないが、杖の忠誠心が勝者に移るということは学生時代から知っていたのではないだろうか。
今ニワトコの杖が期待どおりの効果を出さないことから、その知識を思い出し、杖の忠誠心がスネイプにあると考えついたのだ。スネイプがアバダをかける前にドラコがダンブルドアの杖を飛ばしたことは知らなかったのだろう。

ハリーの心がまたしてもヴォルデモートとつながり、ハリーはヴォルデモートの目でスネイプを見下ろしていた。
「おそらくお前は、すでに答えを知っておろう。何しろ、セブルス、おまえは賢い男だ。おまえは忠実なよき下僕であった。これからせねばならぬことを、残念に思う」
このせりふは、スネイプが今もヴォルデモートをだましおおせていることを示している。
「ニワトコの杖は、最後の持ち主を殺した魔法使いに所属する」「おまえが生きている限り、セブルス、ニワトコの杖は真に俺様のものになることはできぬ」
両方とも、ヴォルデモートの早とちりなのだが、この早とちりは無理からぬところがある。

ヴォルデモートがニワトコの杖を振った。
ナギニの透明な檻が空中で回転し、スネイプにかぶさった。スネイプの頭と肩が球体の中に取り込まれたとき、ヴォルデモートは蛇語で「殺せ」と命じた。
ナギニの牙がスネイプの首を貫いた。

ヴォルデモートは、なぜ蛇を使ったのだろう。
いくら自分の意になるはずの部下でも、まともに杖を向けたら反撃されると思ったのではないだろうか。できるだけ自分ではリスクをおかさないのがヴォルデモートだ。

ヴォルデモートは蛇を連れ、スネイプを振り返らずにその場から離れた。今度こそ自分の意のままになるはずの杖を手にして。
我に返ったハリーは、木箱を動かして道を開け、部屋に入った。
そこには虫の息のスネイプが倒れていた。ハリーが屈み込むと、スネイプはハリーのローブをつかんで引き寄せ。「これを取れ」といった。
気体でも液体でもない物質が、スネイプの口と両耳と両目からあふれ出ていた。「謎のプリンス」の時期に何度も見た、記憶が物質化したものだった。

ハーマイオニーがどこからともなくフラスコを取り出した。
ハーマイオニーは城の中のどこかにあるフラスコをアクシオで呼び寄せたのだろうか。それとも、無から有を作り出したのか。この世界ではどちらもあり得るが、おそらく後者だろう。
それにしても、実際に記憶をペンシーブで再生する場面を一度も見たことのないハーマイオニーが、ここでフラスコを取り出してハリーに渡す機転にはおどろく他はない。

銀色の物質がフラスコいっぱいになったとき、スネイプが言った。
「僕を...みて...くれ」
緑の目を黒い目がとらえた。一瞬ののち、スネイプの目から光が消え、体も動かなくなった。

スネイプが最後に見たかったのは、ハリーの緑の目だった。
「賢者の石」から始まって、しつこいほどハリーの目の色が強調されていたのは、この場面のためだったのだ。しかしこの意味が読者にわかるのは、33章になってからだ。

ところで、スネイプの一人称がいきなり「僕」になっているのは、スネイプの意識が少年時代に戻ってリリーを見ているという翻訳者の解釈なのだろうか。
わたしは不自然だと思う。ただ、一人称をどう訳すかは個人のセンスなので、誤訳というわけではない。