ハリー・ポッターと死の秘宝(第32章前半)

フレッドの死に動揺しながらも、戦いは続いた。いや、ここで本格的な戦いになったと言う方が当たっているかもしれない。これまでは死喰い人だけとの戦いだったが、禁じられた森の大蜘蛛たちが参戦してきたのだ。ハリーとロンは建物の壁をはい上がってきた大蜘蛛に向かって失神呪文を放った。

大蜘蛛たちはヴォルデモートの側についたのか? それは考えにくい。ヴォルデモートが以前から大蜘蛛たちに働きかけ、工作していたというなら別だが。蜘蛛たちは単に人間を獲物として襲いに来たと考えるのが合理的じゃないだろうか。ただ、原作者は「大蜘蛛たちがヴォルデモート側についた」という設定で書いているのかもしれない。

ハリーたちとパーシーはフレッドの遺体を甲冑を置いてあったくぼみに移動させた。
廊下にはほこりがたちこめ、石が崩れ落ち、窓ガラスはなくなっていた。あちこちで呪文の応酬がなされているのだ。ルックウッドが生徒ふたりを追いかけているのを見て、パーシーが突進していった。フレッドの仇をとりたいという気持ちにつき動かされているのだ。同じ思いのロンがパーシーを追おうとするのを、ハーマイオニーが止めた。
「これを終わらせることができるのは、私たちしかいないのよ」「いま、私たちが何をすべきか、見失わないで!」
やはり、ここで客観的な判断ができるのはハーマイオニーだった。

蛇を殺さないといけない。ヴォルデモートが蛇を連れているのだから、ヴォルデモートの居場所を見つけるのが先決だ。ハーマイオニーはハリーをうながした。「あの人の頭の中を見るのよ」と。
ハリーは目を閉じた。
これまで、自分の意思でヴォルデモートの頭の中を見るということはできなかったはずなのに、この時にはすぐにヴォルデモートの心とつながった。傷跡が何時間も前から痛んではいたのだが。

見えたのは叫びの屋敷の内部だった。ハリーはいつもどおり、ヴォルデモートの視線でまわりを見ている。目の前にいるのはルシウスだ。
ここで「例の男の子の最後の逃亡の後に受けた懲罰の痕がまだ残っている」と書かれているのは、まるで中学生の宿題みたいな直訳だと思う。「例の男の子」は「ハリー」と訳す方が日本語として自然だし、最後のという訳語も変だ。「この前の」ぐらいでいいのでは。

戦いを中止し、城に入ってヴォルデモート自身がハリーを探す方がいいのでは、とルシウスは進言する。しかし開心術の名人であるヴォルデモートにはお見通しだ。ルシウスは単に、息子の安否を確かめたいだけなのだと。
ポッターを探す必要はない、ポッターの方で俺様を探し当てるだろう、とヴォルデモートは言い、ルシウスの勧めを拒否する。
そして「スネイプを連れてこい」と命じる。

ハリーは意識を引き戻して、ロンとハーマイオニーに状況を説明する。
ヴォルデモートは叫びの屋敷にいる。そして、ハリーが分霊箱を次々に見つけて破壊したこともすでに知っている。最後の分霊箱である蛇を殺すために、ハリーがヴォルデモートのところへ行くことも予想している。そして、蛇は透明な球体の中に入っているので、何かの魔法で守られている。

三人それぞれが「自分がヴォルデモートのところへ行く」と言い合っているとき、三人を隠していたタペストリーが破られ、仮面をつけた死喰い人が三人立っていた。
ハリーたちが杖をあげる前に、ハーマイオニーがグリセオの呪文をかけた。階段が滑り台のようになった。三人はその滑り台を滑り降り、死喰い人がかけた失神呪文は三人の頭上を飛んだ。

まわりの戦いの様子も少し見えた。マクゴナガル先生がかたわらを通り抜けて行き、ディーンはドロホフにひとりで立ち向かい、パーバティはトラバースと戦っていた。
ピーブスがスナーガラフの種を死喰い人の頭上に落としていた。30章でマクゴナガルがフィルチに「ピーブズを見つけてきなさい」と命じた時には意味がわからなかったが、ピーブズも死喰い人と戦わせるという意味だったのだ。

ドラコは死喰い人に向かって「僕がドラコだ。味方だ!」と叫んでいた。
玄関近くではフリットウィックがヤックスリーと戦い、キングズリーは仮面の死喰い人と一騎打ちしていた。ネビルは両手いっぱいの有毒食虫蔓を振り回し、蔓が死喰い人に巻きついた。
玄関ホールまで来たとき、ラベンダー・ブラウンにグレイバックが牙をたてようとしていたのを、ハーマイオニーが呪文で防いだ。そこへトレローニーが水晶玉をぶつけ、グレイバックは動かなくなった。

巨大蜘蛛の群れがホールになだれ込んで来た。
そこに現れたのはハグリッドだった。「花柄模様のピンクの傘を振り回しながら」と書かれている。傘がピンクだというのは何度か書かれていたけれど、花柄というのは初出かな?
ハグリッドは「こいつらを傷つけねえでくれ」と叫びながら、蜘蛛の群れの中に消えた。

そこへ現れたのは巨人だった。
ヴォルデモート側が巨人に工作をしていたことはすでに「不死鳥の騎士団」で語られているから、巨人がそちらに付いたのはわかる。その巨人を、巨人としては小柄なグロウプが止めようとして、取っ組み合いになった。

そこに現れたのは、百体を超える吸魂鬼だった。
ロンはテリアの守護霊を出し、ハーマイオニーはカワウソを出したが、どちらも弱々しく明滅して消えてしまった。ハリーは、ハグリッドの死を想像していたので守護霊を出すこともできなかった。
そのとき、三人の頭上に別の守護霊が舞った。ルーナの野うさぎ、アーニー・マクミランのイノシシ、シェーマス・フィネガンのキツネだった。
それぞれ、まだ授業で習ってはいないパトローナスの術をハリーから習った生徒たちだった。

そこへ別の巨人がやってきて、ハリーたち三人は巨人から逃げ、またルーナたちと別々になった。
三人は暴れ柳を目指して走った。
ロンが「クルックシャンクスさえいてくれれば」とつぶやくと、ハーマイオニーが「あなたはそれでも魔法使いなの?」と言う。「賢者の石」で悪魔の罠に捕まったときのやり取りを思い出させる。
ロンは「あ、そうか」と納得し、レヴィオーサの呪文で小枝を飛ばし、暴れ柳のコブを突いた。柳の動きが止まった。

ところで、クルックシャンクスは今どうしているのだろう。どこにも記述がない。
両親がオーストラリアに連れて行ったというわけではないだろう。せっかく他人の名前を名乗らせたのに、クルックシャンクスが手がかりになって正体がバレたら元も子もない。両親の家を離れる前に、クルックシャンクスはどこかに預けたはずだ。
個人的な想像としては、フィッグさんのところにいると思いたい。彼(クルックシャンクスは雄だ)はとても賢いから、フィッグさんを色々助けてくれるのではないか。

三人はかなり無理な姿勢で、叫びの屋敷のすぐ近くまでたどり着いた。ハリーはマントをかぶった。