ハリー・ポッターと秘密の部屋 第2章(前半)

「賢者の石」で、わたしたち読者はいろいろな魔法界の住人を知った。
動いたりしゃべったりする肖像画、手紙や荷物を運ぶふくろう、グリンゴッツの小鬼、森に住むケンタウルス・・・
そして、「秘密の部屋」のこの章では、屋敷妖精という存在を知る。
「秘密の部屋」では、「屋敷しもべ妖精」という訳語が使われている。視覚障害者向けに朗読するケースなどを想定すると、どうも音として美しくない。原文は house-elf なのだから、「屋敷妖精」で十分じゃないのか? なぜ「しもべ」なんていう余計な日本語を付け加えたのだろう。実際、他の巻では「屋敷妖精」と訳している箇所もあるのだが。

ハリーの前に出現した屋敷妖精は、ドビーという名前だった。日本語訳では、男性か女性か、あるいは性別がないのか、さっぱりわからない。原文では his という代名詞ですぐにわかるのだが。
イギリスの読者にとって屋敷妖精というのは、ケンタウルスや小鬼のように、伝説や童話で知っている存在なのだろうか。それとも、ローリングさんが独自に作り出した生物なのだろうか。ハリーの反応からみると、前者のような気がする。

ドビーとハリーのやりとりで、屋敷妖精についてわかったことをまとめると:
屋敷妖精は、一つの家族に一生仕える。主人が命令していないことを勝手にやると、自分を罰しなければいけない。頭を壁にぶつけるとか、オーブンのふたで耳をはさむとか。自分の家族の悪口は言いたくても言えない。
そして、ドビーの行動について:
ハリーがホグワーツに戻ったら死ぬほど危険だとドビーは言う。ホグワーツに恐ろしい罠がしかけられていて、ドビーは何ヶ月も前からそれを知っていた。そこでハリー宛の手紙を途中で奪い、ハリーに届かないようにした。友人に忘れられたらホグワーツに戻りたくなくなると期待したからだ。
ホグワーツへ戻らないと約束してくれたら手紙を返すとドビーは言う。この時、口先だけでも「戻らない」とウソを言って手紙を取り返したらいいのに、とちらりと思った。でもまだ12歳のハリーは、そういう小ずるさとは無縁だったのだろう。「死の秘宝」では、グリップフックに対して小ずるい交渉をするようになったハリーだが、ここではまだ幼いのだ。

ハリーがホグワーツ行きをあきらめると言わないので、ドビーはペチュニアおばさんのデザートを床に落として、パチッという音とともに消える。

バーノンおじさんの大事な商談というタイミングでドビーがやってくるという間の悪さ。小説の設定として、この間の悪さはむしろ自然かもしれない。
それにしても、屋敷妖精が郵便を途中で奪う力を持っているとは。ハリーあての手紙だけを、こっそり抜き取るなんて、さほど簡単な魔法とは思えない。
また、姿くらましという術について読者が詳しく知るのはもっとあとの巻だが、魔法使いにも難しいといわれるこの術をドビーが堂々とやってのけるのにも驚いた。

気になるのは「ドビーめはそのことを何ヶ月も前から知っておりました」というせりふ。
この段階ではハリーも読者も知らないが、ドビーはマルフォイ家に仕えている。ヴォルデモート卿の日記を使って秘密の部屋を開けるという計画を、ルシウスが誰に話したのだろう? ドビーは直接聞いたのか? それとも、誰かに話すのをたまたま耳にしたのか? 
「謎のプリンス」23章のダンブルドアの説明によれば、ルシウスが狙ったのはダンブルドアとアーサー・ウィーズリーの失脚だったはず。ドビーはなぜ「ハリーが危険」と判断したのだろう? 当たってはいたが。ルシウスさえ、あの日記にヴォルデモートの魂の一部が保管されていることを知らなかった。ドビーが知るわけがない。
ドビーが、ハリーに会う前からハリーを崇拝していたことはわかる。だからハリーを守りたくて一所懸命だったことも理解できる。ただ、その大前提、「なぜハリーの命が危険だと思ったのか」は、最後までわからなかった。