ハリー・ポッターとアズカバンの囚人(第5章後半)

汽車がかなり北へ進み、窓の外が暗くなったころ、汽車が速度を落とし始めた。
「腹ペコだ。宴会が待ち遠しい」とロン。ロンの食いしん坊ぶりはあちこちで描写されているが、このせりふもそのひとつ。
(これらの描写が「死の秘宝」でロンが一時脱落するエピソードにつながっていく。)
それに答えてハーマイオニーが「まだ着かないはずよ」と時計を見ながら言う。冷静で、客観的なデータを重視するハーマイオニーらしい反応だ。

汽車が止まり、車内の明かりがいきなり消える。
「わたし、運転手のところへ行って、何事なのか聞いてくるわ」
相変わらず、ハーマイオニーは冷静だ。
しかし、ハーマイオニーも含めて、ここでみんなが真っ暗な中で右往左往しているのは変だと思う。なぜ誰も、杖灯りを使おうとしないのか? 学校の外で魔法を使うのは規則違反だといっても、ここはホグワーツ列車だから「学校の外」とは言えないだろう。

しかしハーマイオニーが出ていく前に、ルーピン先生が目を覚まして明かりをつける。杖灯りではなく、手のひらに炎を持っているように見えた。これがどんな魔法なのかは、結局説明がない。
そこへドアが空いて、顔を頭巾で覆った黒い姿が現れる。
ここで、冷気を感じて心をかき乱されるハリーの描写はとてもていねいに書かれている。原作者のうつ病経験がここで生きているのかもしれない。
ハリーはどこかから叫び声を聞くが、それは幻聴だった。

意識が戻った時、ルーピン先生が、あれはディメンター、吸魂鬼だと教えてくれる。
ハリーが意識を失っている間に、ルーピンは何か呪文を唱えて杖から銀色のものを出し、ディメンターを追い払ったと、ハーマイオニーが説明する。ハリー自身は見ていないが、この物語で守護霊が登場したのはこれが初めてだ。そして、守護霊の呪文は最後の巻までいろいろ重要な役目をする。
ルーピンがくれたチョコレートを食べると、気分がよくなった。

列車がホグワーツに着き、一年生はハグリッドの先導で船へ、そしてハリーたちは馬車に乗る。
「馬車は透明の馬に引かれている、と、ハリーはそう思うしかなかった」という書き方はうまい。馬車を引いているのがセストラルであること、それがハリーには(ロンやハーマイオニーにも)見えないということは、「不死鳥の騎士団」までわからないからだ。列車の中でいっしょだったネビルが、この場面ではそばにいないことも、作者の用意周到さを感じさせる。

ホグワーツに着くと、マクゴナガル先生がハリーとハーマイオニーを自分の部屋に呼ぶ。そこへ校医のマダム・ポンフリーが入ってくる。「おや、またあなたなの?」「また何か危険なことをしたのでしょう?」という校医のせりふがおもしろい。ハリーのむこうみずぶりは認識されているのだ。
マクゴナガルが「この子にはどんな処置が必要ですか? 絶対安静ですか?」と聞いたことで、彼女がディメンターの襲撃を深刻に考えていることがわかる。
ハリーがすでにチョコレートを食べたことを知ると、マダム・ポンフリーは満足げな表情になり、「治療法を知っている先生が見つかった」と喜ぶ。ロックハートとは正反対に、外見のお粗末なルーピンは確かな知識を持っているのだと、読者にもわかる場面だ。
ハリーが外で待っている間、ハーマイオニーがマクゴナガルと数分話し、うれしそうな顔をして出てくる。あとでわかるが、この時逆転時計を受け取ったのだ。

ハリーとハーマイオニーがホールへ行った時、組分け儀式は終わっていた。
ダンブルドアが立ち上がり、まず、ディメンターが学校の出入り口を固めていることを説明する。そして、新任の教師を紹介する。ひとりはルーピン先生で、もうひとりはハグリッドだった。
ハグリッドはケルトバーン先生の後任だという。ケルトバーンの名前は「ビードル」にもちらっと出てくる。

しかし、ハグリッドは教師としてふさわしい人物だろうか。
「賢者の石」のドラゴン事件を思い出すと、このあとの授業風景を読むまでもなく、ろくな授業をしないだろうと予想がつく。
ロックハートの時は、呪われた科目ということで人が見つからなかった。しかし魔法生物学にはそういう事情はなさそうだ。なぜハグリッドなんだ?

とにもかくにも、ハリーたちはグリフィンドール寮へ入る。「なつかしい、円形の寝室」と書かれているから、一年生の時からずっと同じ部屋を使っているのだろう。やはりベッドは5つ。
ハリーは我が家へ戻ってきた安堵感にひたる。