ハリー・ポッターとアズカバンの囚人(第10章後半)

この地図はおどろくべき機能を持っていた。
まず、城内にいる人物が全部わかる。誰がどこにいるか、地図に現れるのだ。
フレッドが、隻眼の魔女の像からハニーデュークスへ行けると教えてくれたが、その魔女を杖でたたいてディセンディウムという呪文を唱えればいいということも、地図に指示が出る。
こんな地図を作れたのは、ジェームズやシリウスがよほど優秀だったということを示しているのだろう。

地図に示された魔女の像の出口から、ハリーは地下道に入る。
ところで、ホグワーツ城ホグズミード村の距離はどのぐらいなのだろう。地下道を行くハリーの描写では「一時間もたったかと思える頃、上り坂になった」と書かれているが、これはハリーの主観。実際には、徒歩で20-30分ぐらいだろうとわたしは思っている。教師も生徒も、気軽に行ったり来たりしているからだ。

ホグズミードでロン・ハーマイオニーと落ち合い、「三本の箒」という名の居酒屋に入る。
この場面で「バタービール」という飲み物の名前が出てくる。架空の飲み物らしい。ビールと名がつくからにはアルコール飲料なのだろう。少し先になるが「炎のゴブレット」28章で、ウインキーがバタービールを飲んで酔っている描写がある。その場面のロンとドビーのやりとりによれば、バタービールのアルコールは強くないが、屋敷妖精にとっては強すぎるのだという。
アルコール飲料やたばこについての年齢規制は国によって違う。イギリスでは十代が酒類を飲んでもいいのだろう。
なお、リアル世界のテーマパークで売られているバタービールは、ノンアルコールだと聞く。

飲み終わらないうちに、この場では会いたくない人たちが店に入ってきて、ハリーはあわててテーブルの下に隠れる。ハーマイオニーは魔法でそばのクリスマスツリーを動かし、3人を隠す。こういう時、とっさに機転をきかせるのは、いつもハーマイオニーだ。
入ってきたのはマクゴナガル、フリットウィック、ハグリッド、それにファッジ魔法大臣。店の女主人ロスメルタも加わって、みんなはシリウス・ブラックの話を始める。

ここでハリーは初めて、シリウスと父の関係を知る。それまで、シリウスはヴォルデモートの手下だからハリーを狙っている、としか聞かされていなかった。
ジェームズとシリウスは兄弟のように仲がよかった。結婚式ではシリウスが付き添い役をつとめ、ハリーが生まれると両親はシリウスを後見人にした。ヴォルデモートに狙われているとわかって忠誠の術で身を隠した時も、シリウスを「秘密の守人」にした。しかし「忠誠の術」をかけてから一週間たたないうちに夫妻は襲われた。
マクゴナガルとファッジが、ロスメルタに聞かせているこれらの話を、ハリーはショックを受けながら、テーブルの下でこっそり聞いていた。

「死の秘宝」33章のスネイプの記憶の中に、スネイプがダンブルドアに助けを求めるせりふがある。「それでは、全員を隠してください」と。
時期ははっきり書かれていないが、「忠誠の術をかけてから一週間たたないうちに」というのなら、スネイプが懇願したのはハリーが一歳になってからだということになる。
しかし、「不死鳥の騎士団」37章で明らかになるトレローニーの予言がなされたのは、ハリーとネビルが生まれる前だろう。該当者のひとりがハリーだと知るのに、それほど時間がかかったのか? それともヴォルデモートは、ハリーとネビルが生まれた時からふたりが予言の子だとつきとめていたけれど、まだ赤ん坊だからすぐ手をくださなくてもいいと思って一年間放置していたのだろうか。
とりあえずの想像。ハリーが一歳を過ぎた秋、ヴォルデモートは何かの理由で「これからハリーを殺そう」と決めた。それを知ったスネイプは驚愕し、ダンブルドアに助けを求めた。ダンブルドアは忠誠の術を勧め、ポッター夫妻は身を隠す。しかしピーターの裏切りで、ヴォルデモートはハロウィンの夜にポッター家を襲った。

ハグリッドが、幼いハリーを助け出した時のことを話す。
崩れた家からハリーを助け出した時、シリウスが現れた。自分がハリーを引き取るというシリウスの申し出をハグリッドは断る。
ここを読むと、ダンブルドアがハリー救出をハグリッドに頼んだ理由がよくわかる。ほかの人間なら、後見人であるシリウスが引き取るのはもっともだと思って、渡してしまったかもしれない。しかし愚直なハグリッドは、ダンブルドアの指示にあくまで忠実だ。だからこそ、ダンブルドアはハグリッドを選んだ。
ただ、ダンブルドア自身がなぜポッター家へ行かなかったのかは、最後まで謎のままだけれど。

もうひとつ、謎がある。
この時シリウスは、たまたまハグリッドにオートバイを貸した。
もしシリウスが現れなかったら、ハグリッドはどうやってハリーをサレー州のダーズリー家まで連れてくるつもりだったのか。彼に姿あらわしができるとは思えない。セストラルを使うつもりだったのだろうか?

ファッジたちの話は続く。ポッター夫妻が殺されたあと、ピーター・ペティグリューがシリウスを追い、シリウスはそこに居合わせたマグルとピーターを殺した。ピーターの血だらけのローブとわずかな肉片が残っていた、と。「わずかな肉片」が指一本だったことは、次の章のロンのせりふでわかる。そして、これが大切な伏線になっている。
ファッジはさらに、最近アズカバンを視察した時のことを話す。他の囚人と違って、ブラックはアズカバンに長期間いてもディメンターの影響を受けず、正気を保っている。ファッジに新聞をくれと頼んだ。この2点も、あとで読み返すと大切な伏線だったとわかる。

シリウス・ブラックに関するファッジたちの話に、ハリーが衝撃を受けたのは当然だ。ハリーだけではない。ロンとハーマイオニーも衝撃を受けたことが、ラストの文章で示されている。
次の章を読むと、ロンがシリウスのことをある程度知っていたのがわかるし、ハーマイオニーも何かで読んでいただろう。シリウスがピーターとマグル12人を殺したことは、ふたりとも知っていたと思われる。
しかし、シリウスがハリーの父の無二の親友で、秘密の守人だったことまでは、知らなかったのだろう。ポッター夫妻が無二の親友の裏切りで殺されたことは。
しかし、ウィーズリー夫妻は知っていた。だからアーサーはキングズ・クロスでハリーに「誓ってくれ。ブラックを探したりしないって」と言ったのだ。

誰がポッター夫妻を裏切ったのか、ピーターは本当に死んだのか、真相がわかるのは19章になってからだ。