ハリー・ポッターとアズカバンの囚人(第12章後半)

ルーピン先生の、ハリーに対する個人授業の日が来た。
この時点では、ハリーも読者も、ルーピンがハリーの父やシリウス・ブラックと親友だったことを知らない。しかしそれを知った上でこの部分を読み返す時、「ルーピンはどんな気持ちでこの個人授業をひきうけたのだろう」と考えてしまう。幼い時の恐ろしい体験から、ディメンターの影響を誰よりも強く受けてしまうハリー。シリウスに狙われているハリー。そのハリーを何とか助けてやることで、ジェームズの友情に報いることができるだろうと考えたのではないだろうか。シリウスにそそのかされて叫びの屋敷に近づいたスネイプを命がけで助け、ルーピンが殺人犯になることを防いでくれたジェームズに、ルーピンはずっと恩義を感じていたに違いないから。

ハリーとルーピンは魔法史の教室で落ち合った。
ルーピンは大きな箱をかかえていた。まね妖怪が入っているという。本物のディメンターにいちばん近いのはこれだ、と。
このあとの描写を見ると、まね妖怪というのは、対象が怖がる物の姿形だけでなく、機能までも模倣できる能力を持っている。両親が襲われた時の記憶をハリーに見せる、いや聞かせるからだ。するとルーピンの前で満月になったまね妖怪は、もしリディクラスの呪文でやっつけられなかったら、ルーピンを狼に変身させることができるのだろうか? 

それはともかく、ここでハリーも読者も、守護霊の呪文について詳しく知ることになる。
ルーピンの説明によると、守護霊は一種のプラスのエネルギーで、姿は魔法使いによって違う。何かひとつ、いちばん幸せだった思い出を渾身の力で思い詰めた時に呪文が効く。一人前の魔法使いでさえ手こずるほどの難しい魔法だという。守護霊は、魔法使いとディメンターの間で盾になってくれる。
ロンとハーマイオニーは列車の中でルーピンがこの呪文を使ったのを目撃しているけれど、その時ハリーは気を失っていたから、この呪文に関してはまったくの初耳だ。この巻をはじめ、「死の秘宝」に至るまでの各巻で大活躍するこの魔法は、ここで初めて本格的に登場することになる。

ルーピンが箱を開けると、ディメンターの姿になったまね妖怪が現れる。
ハリーの耳に「ハリーだけは!お願い」という女性の声と、「どけ、小娘」という甲高い声が聞こえた。
列車の中でディメンターが来た時は、誰かが叫んでいると思っただけだった。第9章のクィディッチの試合でディメンターに襲われた時には、ことばがはっきり聞こえ、ハリーはそれが自分の母とヴォルデモートの声だと悟った。そしてこの個人授業でも。
2回目のトライで、母の声の前に、男性の声が入る。「リリー、ハリーを連れて逃げろ!(中略)僕が食い止める」という声。父親の声だった。ヴォルデモートがやってきた時、父と母がどう行動したのか、部分的ではあるがわかってくる。
3回目、ハリーは辛うじて失神を逃れ、何とかディメンターに立ち向かうことができた。
ルーピンが「よくやった!」「立派なスタートだ」とほめてくれた。

何度目かの個人授業で、ハリーはルーピンに質問する。
「ディメンターの頭巾の下には、何があるんですか」
「ほんとうのことを知っている者は、もう口がきけない状態になっている。」これがルーピンの答えだった。「ディメンターのキス」を受けたら、魂を抜き取られてしまうからだと。
第20章でハリーは、頭巾を脱いだディメンターの顔を目撃することになる。ハリーは、ディメンターの顔を見たのに無事だった珍しい人間ということになるのだろうか。

2月になって、やっとファイアボルトがハリーの手元に戻ってきた。「考えつくかぎりのことはやってみましたが、どこにもおかしなところはないようです」とマクゴナガル先生が返してくれたのだ。
廊下でハリーとロンは「僕たち、ハーマイオニーと仲直りしなくちゃ」「うん、わかった」とことばをかわす。やっと仲直りか、と読者は安心するのだが…

グリフィンドール塔の入り口で、ネビルが合言葉をなくしたと泣きそうになっていた。実はなくしたのではなく、ベッド脇の机に置いてあったのをクルックシャンクスが盗み出していたのだが。
談話室に入ると、みんながファイアボルトを取り囲んで、ほうきは手から手へと渡された。

寝室へ戻ったロンが叫び声をあげ、手にシーツを持って談話室へ戻ってきた。スキャバーズがいなくなり、シーツには赤い血がついていて、床にクルックシャンクスの毛があったという。ハーマイオニーと仲直りしようとしていたはずのロンは、ほうきの時以上に逆上してしまった。