ハリー・ポッターとアズカバンの囚人(第18章)

18章から21章までは怒濤の展開で、状況が二転三転する。ハリー・ポッターシリーズは全体に冗長な部分が少ないが、ここは特に中身の濃い部分だと思う。
ところで、「動物もどき(アニメーガス)ということばが前章の最終行に出てくるが、ここが初出だったかな? もっと前に出ていたかもしれないが、思い出せない。

ルーピンとシリウス・ブラックが「このネズミは動物もどきで、正体はピーター・ペティグリューだ」と言っても、ハリーたちは容易に信じることができない。それはそうだろう。ピーターは死んだと誰もが信じていたし、ロンはスキャバーズをペットにしていたのだから。ロンがスキャバーズをかわいがっている描写はなかったと思うが、殺されたと思ったときの動揺ぶりを見れば、大切に思ってはいたのだろう。

スキャバーズを今すぐ殺そうとするブラックと、まず説明しなければというルーピンのやりとりは、ふたりの性格の違いをよく表している。
「みんな、すべてを知る権利がある。ロンはあいつをペットにしていたんだ」というルーピンのせりふがいいなと思う。この時点のルーピンは、ピーターがブラックを出し抜いたことをすでに理解している。しかし、3年間スキャバーズをペットにしていたロンの気持ちを思いやる配慮もしている。「シリウス、君はハリーに真実を話す義務がある!」というルーピンのせりふも好きだ。自分の感情だけでつっぱしるシリウスと違い、ルーピンは他の人たちの立場や感情に気を配れる人物なのだ。

一方、ハリーたち3人の中でいちばん理性的なのはハーマイオニーだ。「マクゴナガル先生の授業で動物もどきを学んだとき、宿題で動物もどきを調べた。今世紀には7人しか動物もどきはいない」とハーマイオニーが説明する。
それを聞いたルーピンは、未登録の動物もどきが3匹、ホグワーツを徘徊していたのだと答える。
先の話になるが、「炎のゴブレット」でリータ・スキーターも未登録の動物もどきとわかる。ハリーのまわりだけでこれほどの未登録者がいるのなら、魔法界全体ではまだまだいるんじゃなかろうか。

背後できしむ音がして、ドアがひとりでに開いた。しかし、誰もいない。
この時、誰かが透明マントを使っているという可能性を、誰も考えなかったのか? ちょっと不思議だ。暴れ柳を止める方法を知っている者がほかにいるはずがない、と思い込んでいたのか。また、シリウスとスキャバーズをめぐる意外な展開に気をとられて、そこまで気がまわらなかったこともあるだろう。
少しあとでわかるが、スネイプが透明マントをかぶってそこに立っていたのだ。
ハリーが透明マントを暴れ柳の根元に残してきたという描写はなかった。ハリー自身が、透明マントのことを忘れて地下道に入ってきたのだろう。ハリーが意識しないまま、マントは地下道の入り口に残されていたのだ。

誰もいないとこの場の全員が思い込み、そしてルーピンの説明が始まる。
ルーピンはこどもの時に狼人間にかまれ、満月のたびに変身するようになった。きちんと予防措置をとりさえすればよい、というダンブルドアの配慮でホグワーツへの入学が許された。ルーピンのために暴れ柳が植えられ、叫びの屋敷に続く地下道が作られた。
親友だったジェームズとシリウスとピーターは、真相を知ると、自分たちが動物もどきになった。狼人間が危険なのは人間に対してだけで、動物なら危険なくつきあえるからだ。動物の姿で歩き回り、地図を作って、それぞれのニックネームで署名した。

叫びの屋敷のこと、暴れ柳のこと、動物もどきのこと… それらだけでもびっくりの打ち明け話なのに、ルーピンの告白にはさらにおどろくエピソードがあった。
月に一度姿を消すルーピンをいぶかったスネイプが、暴れ柳の方へいくルーピンと校医のポンフリーを目撃。シリウスがスネイプに、暴れ柳を止める方法を教え、スネイプはそのとおりにして地下道へ入った。ジェームズがスネイプを引き戻したが、スネイプは地下道のむこうにいる狼を一瞬見てしまった。

シリウスが仕掛けたいたずらで、スネイプが危うく死にかけたんだ」
ルーピンがそう言ったとき、シリウスは「当然のみせしめだったよ」とせせら笑った。
シリウスには明確な殺意があったと、このせりふを見て思う。
しかし、もしスネイプが、狼に変身したルーピンにかみ殺されていたら、ルーピンは当然退学になるし、ダンブルドアやマダム・ポンフリーも辞職に追い込まれるだろう。それを考えないシリウスにあきれてしまう。
この話をするときのルーピンは、「シリウスがーーそのーーからかってやろうと思って」と言っている。ルーピンが途中で言いよどんでいるのは、シリウスの殺意を隠すためだろうと思う。シリウスのやったことは、決して「からかう」というレベルじゃなかったのだから。
「賢者の石」でダンブルドアが語った「ハリーの父がスネイプの命を救った」というエピソードの真相はこれだったのだ。ジェームズは、正義感からスネイプを助けたのか。それとも、シリウスやルーピンが殺人罪に問われるのをさけたかっただけなのか。ハリーのためには前者と思いたいが。

スネイプとハリーの父が同期だったと、ここで初めて知った。それなら、まだ三十代だ。
この時点では、ハリーの両親の生年はわからないが…
「我輩」という一人称から、老人と思っていたのだ。黒髪の老人というのは変だが、魔法使いだからそれもありかなと思っていた。
(追記:あとで思い出したが、「賢者の石」17章でクィレルは、ハリーの父とスネイプが同窓だったと言っていた。同じ学年とまでは言わなかったが)

そして、そのスネイプが透明マントを投げ捨て、叫びの屋敷のドアのところに立っていた。
さっきドアが開いたときから、そこで話を聞いていたのだ。