ハリー・ポッターとアズカバンの囚人(第20章後半)

ロンはピーターの攻撃を受けて意識が混濁し、ハリーの顔もわからない様子だ。
ピーターが逃げたと知ったシリウスはその方向へ走るが、間もなくキャンキャンという悲鳴が聞こえてくる。ロンのことは心配だが、今は何をしてやることもできないと、ハリーはとっさに判断してシリウスの声が聞こえた方向へ走る。ハーマイオニーも続く。ふたりは湖のほとりに出る。

この湖は、物語全体の中でいろいろなエピソードの舞台になる。
「賢者の石」では、一年生がボートに乗って湖を渡った。この巻では、湖のむこうからなぞの守護霊が助けにくる。「炎のゴブレット」では、第二の課題が行われる。「謎のプリンス」での葬式の場面も、湖のそばだ。

ハリーとハーマイオニーが湖のほとりについた時、シリウスは人間の姿に戻っていた。そのまわりには、少なくとも百人ものディメンターがいて、3人を囲んだ。
ハリーはルーピンに習った守護霊の呪文を唱えるが、うまくいかない。ハーマイオニーもやってみるが、いくら彼女が優秀とはいえ、練習したこともないのにこんな高度な呪文ができるわけはない。

12章でハリーが「ディメンターの頭巾の下には何があるんですか」とルーピンに聞いたとき、「ほんとうのことを知っている者は、もう口がきけない状態になっている」とルーピンは答えた。つまり、誰も知らないということだ。
しかし20章のこの場面で、ハリーはディメンターの顔を見る。目があるはずのところにはうつろな眼窩があり、口は丸い形の穴だった。
つまり、ハリーはディメンターのフードの中を見て生還した珍しい人間だということになる。

あわやというところで、何かがディメンターを追い払ってくれた。
一角獣のように輝く動物の形をしたものが、湖の上を走っていく。湖の向こう岸に誰かが立っていて、その動物をなでようとしている。
実は時間をさかのぼったハリー自身だったのだが、この時点でのハリーは、逆転時計のことを知らない。ハリーの気持ちの描写を「見覚えのある人だ」としか書いていないが、この時ハリーは父親だろうと思っていた。それは次の章の記述でわかる。

ところで、ルーピンが狼男であることは、ハーマイオニーだけが気づいていたことになっている。わたし自身、読んでいて気づかなかった。
しかし、ヨーロッパの読者のかなりの部分は、「ルーピン」という名前から見当がついたのではないか? 狼はラテン語で lupus、フランス語で loup だ。ローマ建国の伝説に出てくる、狼に育てられた兄弟のことを知っている人もいるだろう。兄弟のひとりの名前は Remus だ。