ハリー・ポッターとアズカバンの囚人(第21章後半)

ダンブルドアは、具体的な指示をしなかった。ただ、「必要なのは、時間じゃ」「首尾よく運べば(中略)ひとつといわずもっと、罪なきものの命を救うことができる」と言っただけだ。ヒントだけ与えて具体的なことを言わないのは、日頃からのダンブルドアのくせだが、物語をおもしろくするための原作者のテクニックでもある。
あ、具体的な指示も少しはしている。「三回ひっくり返せばよいじゃろう」がそれだ。
それら全部、ハリーには何のことかわからない。しかしハーマイオニーは理解したらしい。

ここから、シリウスを無事に逃がすまでのできごとは、この巻のクライマックスと言えるだろう。映画でも、演出のしがいのある部分じゃないだろうか。
ハーマイオニーはローブから砂時計のようなものがついた鎖を取り出し、自分とハリーの首にかける。そして砂時計を3回ひっくり返す。まわりの景色が変わり、ふたりは城の玄関にいた。誰にも見られないようにほうき置き場に隠れてから、ハーマイオニーはやっと説明を始める。

時間を3時間前まで逆戻りさせた、とハーマイオニーがいいながら鎖をはずす。いったん戻ったら、あとは鎖をはずして大丈夫らしい。
時間を戻すと、そこには元の時間の自分たちと戻った自分たちとがいる。つまり、同時に二カ所に存在することができるのだ。ハーマイオニーはそうやって、他の生徒より多くの授業をとっていたのだ。
ハーマイオニーが誰にも内緒にしていたということは、このアイテム「逆転時計」は、魔法界でも存在が知られていないのだろう。

ダンブルドアがハリーたちに何をさせたいのか、ハーマイオニーはわからないでいる。ここでハリーが、バックビークを連れ出してシリウスを助ける、と言い出す。ふたりの頭脳を差を考えれば、ハーマイオニーダンブルドアの意図をあててもよかったはずだが、たまには主人公のハリーにも花をもたせなくちゃ、というわけだろうか。

ふたりはハグリッドの小屋の近くに隠れる。
委員会の人たちがバックビークを見るまで待って、そのあとで連れ出さなくては、とハーマイオニーが言う。委員会が来る前にバックビークを逃がしたら、ハグリッドが疑われてしまう。それに気づくのはさすがにハーマイオニーだ。
委員会と死刑執行人のマクネアがやってきて、マクネアがバックビークをしっかり見る。そのあと、ファッジが判決書を読み上げている間に、ハリーとハーマイオニーは、バックビークを小屋から見えないところまで連れ出した。
ファッジたちが、バックビークがいなくなっていることに気づく。ダンブルドアが「これは異なこと」とつぶやくが、「どこかおもしろがっているような声だった」と書かれている。この時から、ハーマイオニーの逆転時計を使わせることを考えていたのだろうか。
この時のダンブルドアは、まだシリウスの無実を知らないはずだが、バックビークを助ける計画はもっていたのだろう。このあとでシリウスの無実を知って、一石二鳥をねらったのじゃないだろうか。

ハリーとハーマイオニーは、バックビークを連れて暴れ柳の近くまで行き、シリウスが閉じ込められる時間まで待つ。
短気でかんしゃくもちのハリーを、ハーマイオニーが必死でなだめる。じっと待つのはハリーにとって苦手なことなのだ。

暴れ柳の根元の地下道から自分たち一行が出てきて、ルーピンが変身するところを、二人は見る。もうすぐ、あの守護霊を出した人を見られるかもしれない。ハリーは「父さん、どこなの」と呼びながら湖の岸へ行く。ディメンターに襲われた位置の対岸へ。誰も現れない。そこでハリーは気づく。あれは自分自身だったと。
ハリーは守護霊の呪文を唱える。生まれてはじめて、完全な守護霊を出すことができた。守護霊はたくさんいたディメンターを追い払った。
ちょっと待てよ。守護霊を出すには、幸福な思い出が必要だったはず。この時のハリーはどんなことを思い浮かべたのか。何も説明はない。

時間をみはからい、ふたりはバックビークに乗って、シリウスが閉じ込められている八階の窓へ行く。ここでバックビークがホバリングする描写がある。さすが魔法生物、ハチドリみたいなこともできるのだ。
ハーマイオニーが「アロホモラ」の呪文で窓を開ける。「謎のプリンス」で、ダンブルドアはこの呪文が効かないようにすることができるという描写があった。呪文が効いたということは、ダンブルドアが本気でシリウスを閉じ込める気がなかったことを示している。

シリウスとは、短いことばをかわす時間しかなかった。気づかれないうちにとハリーたちにうながされ、シリウスはバックビークに乗って飛び去る。