ハリー・ポッターと炎のゴブレット(第9章前半)

「賭けをしたなんて母さんには絶対言うんじゃないよ」とアーサーがフレッドとジョージに言う。
アーサーとモリー、夫婦仲は良いという前提で書かれているようだが、それにしては隠しごとが多すぎやしないか? 各巻のあちこちに「モリーには内緒だよ」というアーサーのせりふがあるような気がする。たとえば「秘密の部屋」に出てきたフォード・アングリアのこととか。

「このお金にはビッグな計画がかかっている」とフレッド。
それがいたずら専門店の計画だとはっきりわかるのは29章のロンのせりふだが、フレッドとジョージはそれまで「ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ」の名で通販などやっていたから、読者にも想像はつく。

試合が終わったのは夜。「ランタンに照らされた小道を引き返す道すがら、夜気が騒々しい歌声を運んできた」と書かれている。
ハリーたちはテントに戻って、しばらく試合についておしゃべりをしてからベッドに入った。
つまり、観戦する試合は一日だけなのだから、別にテントに泊まらなくてもよかったんじゃないか?という疑問がわく。試合が終わったあと、ポートキーなり姿あらわしなりで帰宅すればいいのに。
ここで思い出すのが「賢者の石」10章、ウッドがハリーにクィディッチのルールを説明するせりふだ。
「スニッチが捕まらないかぎりクィディッチの試合は終わらない。いつまでも続くーーたしか最長記録は3ヶ月だったと思う」
試合が一日で終わるとは限らないため、テントが必要なのだろう。

眠りについてすぐだと思われる時刻に、ハリーはアーサーの声で起こされる。
何か騒ぎが起こっていることがわかる。
仮面をつけた魔法使いの集団が行進している。緑の光を出し、まわりのテントに杖を向け、壊したり燃やしたりしながら。この緑の光が何かの説明はないが、アバダケダブラの呪文とは無関係らしい。
彼らは4人の人影を宙に浮かせながら行進していた。ひとりはキャンプ管理人のロバーツさんだった。あとの3人は妻とこどもたちだろうと、ハリーは推測する。
彼らを浮かせている魔法使いのひとりが、ロバーツの妻の体をひっくりかえし、下着をあらわにする。彼女が隠そうともがくが、魔法使いたちは大喜びではやしたてる。集団心理の恐ろしさを思い出させる場面だ。この連中、自分ひとりだったら絶対にこんなことはやらないだろう。
小さい方のこどもは、独楽のようにまわされる。

これを見たロンが「むかつく」とつぶやく。ここでは何か違う訳語がほしかった。「不愉快だ」でも「腹が立つ」でもいい。わたしだけかもしれないが、「むかつく」という表現はいじめ加害者を連想してしまうので。

アーサー、パーシー、ビル、チャーリーは事態をおさめようと群衆の方に向かう。フレッド、ジョージ、ジニー、ハリー、ハーマイオニーは森の中へ逃れる。
アーサーを含めて魔法省の役人たちは4人のマグルを助けようとするが、下手をすると4人が落下して怪我をさせてしまうので、なかなか手が出せない。
ロンがつまずいたり、ドラコと出会って言い争ったりしているあいだに、ジニー、フレッド、ジョージとハリーたち3人ははぐれてしまう。

このとき、フランス語の会話が聞こえる。マダム・マクシームの名前も聞こえるが、この時点ではそれが誰のことかわからない。
ハーマイオニーが「ボーバトン魔法アカデミー」の生徒だと推測する。ハーマイオニーは「ヨーロッパにおける魔法教育の一考察」という本で知ったのだ。

ここでハリーは、自分の杖がないことに気づく。
わたしはここを読んだとき、ハリーがテントを出てから杖を落としたのだと思った。しかし35章でわかるのだが、試合の真っ最中に杖は盗まれていた。
これはあまりにも不自然ではないか? 試合の最中は気づかなかったとしても、その後テントに戻ったあたりで、杖がないと気づかなければおかしい。28センチもある棒状のものが上着のポケットから消えているのに、パジャマに着替える時になぜ気づかない? ローブなら、杖専用の長いポケットがあるから、杖が見えないことはあり得るが、この時のハリーはマグルの服装をしていた。「上着」の原文は jacket、つまりジャンパーの類だ。そのポケットに杖がなかったら、ひと目でわかりそうなものだ。
アーサーに起こされ、テントから逃げる時に森の中で杖を落とし、それをクラウチJr.が拾った設定にする方がずっと自然なのに、と思う。

その時、近くの灌木の茂みにウィンキーがいて、不自然な動きを見せていた。
「まるで、見えない誰かをうしろから引き止めているようだった」と書かれている。ここで読者は透明マントを思い浮かべるだろうが、ハリーたちは違う想像をした。ウィンキーは主人から、逃げてもいいという許可をもらっていないので不自然な動きをしているのだと。その想像も無理はないと思う。

「途中、ゴブリンの一団を追い越した。金貨の袋を前に高笑いしている。きっと試合の賭けで勝ったに違いない」と書かれている。
実は賭けに勝ったのではなく、ルード・バグマンから借金を取り立てたのだと、37章になってやっとわかる。

途中でヴィーラに出会う。男たちがヴィーラを取り囲んで、妄想を叫んでいる。
その中に、ナイト・バスの車掌のスタン・シャンパイクがいた。この人はストーリーに直接からまないけれど、ちょこちょこと顔を出す。作者お気に入りのキャラクターなのかもしれない。
ここでヴィーラの魔法にかかるのはロンだけで、ハリーは冷静だった。ワールドカップでのヴィーラのパフォーマンスの時は、ハリーとロンが魔法にかかり、アーサーは冷静に見えた。その時気がゆるんでいるかどうかも関係があるのか? 
どうも基準がわからない。

スタンやヴィーラとも離れ、その後出会ったルードも姿を消し、3人だけになったところで、近くで足音が聞こえる。そして、呪文を唱える声。
モースモードルの呪文は、ここだけに出てくる。
空に緑色のどくろが浮かぶ。どくろの口から、蛇がはい出している。
まわりで悲鳴があがる。