ハリー・ポッターと炎のゴブレット(第9章後半)

映画では、クラウチJr.がモースモードルの呪文を唱える姿が、一瞬だけど映る。
いや、それより前、ハリーがリドル邸を夢に見るとき、すでにクラウチJr.がいる。
原作では、クラウチJr.が自身の姿を現すのはラスト近くになってからだ。もっとも、第30章でハリーは若いときの彼を見ているけれど。

聞き覚えのない声が唱えたモースモードルの呪文によって、空に緑色のどくろの印が上がる。まわりにいた魔法使いたちから悲鳴があがる。
ハリーはもちろん、それが何かは知らない。この場でのロンの反応ははっきりしないが、少しあとのせりふで、ロンもこの印のことをまったく知らないことがわかる。若者世代の中で、それが闇の印だと即座に判断したのはハーマイオニーだけだ。これも少しあとでわかるが、『闇の魔術の興亡』という本で知ったのだという。

ハーマイオニーは早くここを離れようと、ハリーをうながした。闇の印があがったということは、ヴォルデモートあるいはヴォルデモートに近い立場の人間がそばにいるはずで、すなわちハリーが危険だと、ハーマイオニーは判断したに違いない。
しかし3人が逃げ出す前に、20人もの大人たちに囲まれる。全員が3人に杖を向けている。ハリーはとっさに「伏せろ!」と叫び、ふたりの頭をつかんで地面に押し下げた。こういうとっさの反射神経は、やっぱりハリーが優れている。
赤い失神光線が3人をかすめて飛ぶ。そこへアーサーが「やめてくれ!わたしの息子だ!」と叫びながらとんで来る。

3人を囲んで攻撃したのは、魔法省の役人たちだった。
いちばんきびしい態度だったのはクラウチ氏だ。
「お前たちの誰かが『闇の印』を出したのだ!」と叫んだとき、クラウチ氏はほんとにそう思っていたのだろうか。それとも、息子のしわざかもしれないと推測したから、他人に罪をなすりつけようと思ったのか。
もしこのとき、この3人が怪しいとほんとうに思っていたのなら、どの時点で息子のしわざだと気づいたのだろうか。おそらく、失神しているウィンキーを見たときだろう。

「みんなこどもじゃないの。バーティ、あんなことができるはずは…」と言った、長いウールのガウンを着た魔女は誰だろう? 
どこかで名前がわかるかと思ったが、結局わからなかった。

エイモス・ディゴリーが失神しているウィンキーを発見し、呪文で目覚めさせて詰問を始める。
ハリーは、ウィンキーが持っていた杖が自分の杖だと気づく。
エイモスはハリーの杖と自分の杖を向かい合わせ、「プライオア・インカンタート」と呪文を唱える。この「直前呪文」が、墓場の場面の伏線にもなっている。この術により、闇の印を打ち上げるのにハリーの杖が使われたことがはっきりする。

自分は闇の印を出していない、そもそもやり方を知らないと、ウィンキーは必死に釈明する。
それなら誰かを見なかったか、とエイモスに聞かれ、ウィンキーは「誰も見ていない」と答える。
日本語訳で、この「見ていない」の部分に傍点がついているのはなぜなんだ? 原文には傍点もアンダーラインもないのに。ウィンキーはそこにクラウチJr.がいたことを知っているが、彼は透明マントをかぶっていたから、「誰も見なかった」という答えは、ウィンキーが少なくとも形の上では嘘をついていないことを示している。訳者はそれを強調したかったのか? しかし、原文にない印なんかつけないでほしかった。

クラウチ氏はウィンキーを解雇すると宣言し、ウィンキーの哀願も無視する。
エイモスやクラウチ氏がウィンキーに冷淡すぎることに、ハーマイオニーは憤慨する。この気持ちが、14章の「屋敷妖精解放戦線」につながっていく。

テントに戻り、全員が揃ったところで、アーサーが「闇の印」の説明をする。
ヴォルデモートもその手下も、誰かを殺すときには必ず「闇の印」を打ち上げた。外出先から帰宅するため家に近づいたとき、家の上に印があがっていたら、家の中の誰かが殺されたということなのだ。
この13年間、誰も「闇の印」を見なかった。それがワールドカップの会場に出現したのだから、ヴォルデモートが戻ってきてすぐ近くにいるということになる。
一般の観客はパニックになったし、仮面をかぶって騒いでいた連中は姿くらましで逃げた。ロバーツさん一家は、ビルたちが魔法で助けて、地面に激突せずに済んだ。

午前3時、みんなはベッドに入った。数時間眠って、早朝に出発するというのだ。

この章の後半は、物語の結末を知る前と知ったあととでは、まるで景色が違って見える。
クラウチJr.の告白を知ったあとで読むと、クラウチ氏のふるまいやウィンキーの態度の真の理由がわかる。二度読みの楽しみをたっぷり味わえる章だ。

それから、この部分のアーサーはかっこいい。
ダーズリー家の暖炉を壊したときのせりふや、マッチで火をつけようと無邪気に楽しんでいる場面のアーサーは、まるでこどもだった。
しかしこの章では、いきりたつエイモスやクラウチ氏を前に、冷静なせりふを何度も口にしているし、ウィンキーに対しても優しく話しかけている。
アーサー君、見直したよ。