ハリー・ポッターと炎のゴブレット(第34章)

ヴォルデモートの命令で、ワームテールがハリーの口に入れた布をはずし、ハリーを墓石にしばりつけていた縄を解いた。
ここで「手の一振りで切り離した」と書かれている。ワームテールは自分の杖を持っていないのだ。前章でセドリックを殺したときは、おそらくヴォルデモートの杖を借りていたのだろう。そのあと、杖を彼のローブのポケットに入れた。だからヴォルデモートが蘇ったとき、杖がローブの中にあったのだ。
杖なしでも縄を切ることぐらいはできるのだから、ワームテールは決して魔法が下手ではない。ヴォルデモートは前章で「魔法使いとしてはお粗末な奴」と、本人の目の前で言っているが、わたしはワームテールを有能な魔法使いだと思っている。有能でなければ、シリウスにまんまと罪を着せて姿を消すという芸当はできまい。

ワームテールは、セドリックの遺体のそばに落ちていたハリーの杖を拾ってきてハリーに渡し、死喰い人たちの輪に戻った。ヴォルデモートは決闘をしようとハリーに言う。
ここで、ハリーは生まれて初めて「磔の呪い」の苦痛を体験する。ハリーをひと思いに殺さず、苦痛を与えてもてあそぶところに、ヴォルデモートの冷酷さが表現されている。しかしこれは、ヴォルデモートの「うかつさ」でもある。あっさり殺せばことは終わるのに、こういう余計なことをするから、結局逃げられてしまうのだ。

次にヴォルデモートはハリーに服従の呪文をかける。
ムーディの授業で服従の呪文を経験したことが、ここで役に立つ。ハリーは服従の呪文をはね返す。
いったん墓石のうしろに逃れたハリーだが、堂々と戦って死のうと、ヴォルデモートと向き合う。ここでハリーが示した勇気には拍手を送りたい。ハリーが死を覚悟したからこそ、ハリーの杖はヴォルデモートの杖に直前呪文をかけることができた。ハリーの意図とは無関係に。

ハリーのエクスペリアームスと、ヴォルデモートのアバダケダブラが同時に放たれた。
金色の糸のようなものでふたつの杖がつながり、ふたりの体は浮き上がった。杖がつながったままふたりは宙を飛び、そばの空き地に着地した。金色の糸が裂け、ドームのようにふたりを囲んだ。
ハリーにとっても意外だったが、ヴォルデモートにとってもこの現象はおどろきだった。ヴォルデモートが死喰い人たちに「命令するまで何もするな!」と叫んだのはさすがだと思う。狼狽しながらも、部下たちに指示を出すだけの余裕はあったのだ。

この世のものとも思えない調べが聞こえてくる。「これまで生涯で一度しか聞いたことはなかったが……不死鳥の歌だ」と書かれている。ハリーがこの調べを初めて聞いたのは「秘密の部屋」17章、日記から出てきたトム・リドルと対決した時だった。

そしてヴォルデモートの杖から、杖が行った術の「影」が出現する。
この巻の第9章で「直前呪文」が登場するのは、この場面のための予習だったのだろう。
最初に出た「濃い煙のような手が…」はワームテールに与えた銀の手、そしてセドリック、続いて庭番のフランク老人、バーサ・ジョーキンズ、そしてハリーの母、父。
実は、手の影とセドリックの体の間に、ハリーを縛った縄が出てこなくてはいけない。ワームテールは杖から縄を出したのだから。作者が忘れたわけではなく、重要でないから触れなかっただけだと思う。

この「影」たちが生前の記憶を持ち、現在の状況も把握し、まるで現実にいる人間のようにふるまうのはなんだか筋が通らないという気がする。特にジェームズの影が「ポートキーのところまで行きなさい。それがおまえをホグワーツに連れて帰ってくれる」と教えるのは変だ。なぜジェームズがそんなことを知っている?
ま、ここはローリングさんが作った世界なのだ。彼女が整えた魔法界のルールに、読者は黙って従うしかない。
影たちはハリーを励ましただけでなく、ハリーが逃げられるようにと、ヴォルデモートの邪魔までしてくれた。

ハリーはセドリックの亡骸をつかみ、アクシオの呪文で優勝杯を呼び寄せる。ハーマイオニーに特訓してもらったアクシオが、ここでも役に立った。そしてふたりはホグワーツへ戻る。

前に書いたが、ポートキーの機能には2種類ある。指定時間になったら起動する場合と、触れたらいつでも起動する場合のふたつだ。優勝杯は「触れたら起動」タイプのポートキーにされていた。
そして、この優勝杯の場合は、二度目の起動もセットしてあったのだ。一度目はホグワーツから墓場へ、二度目は墓場からホグワーツへ。
ヴォルデモートの計画では、ハリーは墓場で殺されるはずだった。それなのに、優勝杯は二度目のタッチでホグワーツへ戻るようになっていた。なぜだろう? ハリーを殺して、死体をダンブルドアのもとに送り返すつもりだったのか?
この謎は、最後まで読んでもわからなかった。