ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団(第21章前半)

この章の原題は The eye of the snake となっているが、なぜ eye が単数なのかわからない。何か意味があるのだろうか。

次の日は日曜で、ハーマイオニーはひとりでハグリッドの小屋へ行った。ハリーとロンは宿題のため寮に残っていた。
戻ってきたハーマイオニーはぐっしょりぬれて、寒さで震えていた。彼女は「杖を取り出し、小さく複雑な振り方をすると、杖先から熱風が吹き出した」と書かれている。
これまでの巻で、生徒たちがずぶぬれになる場面がいくつかあり、「乾かす魔法がないのかな」とそのたびに思ったが、そんな魔法が存在することがここでわかる。ただ「複雑な振り方」をしなければならないので、ハーマイオニーのような優秀な魔法使いにしかできない技なのかもしれない。
ところで、彼女はもう無言呪文を習得しているのだろうか。それとも、呪文がなくて杖を振るだけで使える魔法なのだろうか。

ハーマイオニーはハグリッドに、アンブリッジのことを説明し、無難な授業をするように説得したが、ハグリッドはまったく理解できていないようだったという。

月曜日、ハグリッドは朝食の席に姿を見せた。
生徒たちにあまり歓迎されていないこと、グラプリー=プランクの方がいいとみなが思っていることを、ハリーも知っている。ハグリッドの帰還を喜んだのは、双子やリーのような、騒ぎが大好きな生徒だけだったのだから。
ハグリッドが傷だらけであることが、生徒たちの不安をなおさらかきたてたに違いない。
もしわたしが校長なら、しばらくはハグリッドに授業をさせない処置をとるだろう。怪我をしている不気味な姿だし、アンブリッジの前でろくな授業をしないことも予想できるのだし。

火曜日、ハグリッドの授業が再開された。いつもどおり、グリフィンドールとスリザリンの合同授業だ。
「ハグリッドは死んだ牛の半身らしいものを方にかついでいた」とあっさり書かれているが、想像すると不気味な光景だ。
ハグリッドはどんどん森の奥へ行く。木が生い茂った暗い場所で、牛の半身を雪の上におろし、甲高い奇妙な叫び声をあげた。

夏休みが終わってホグワーツへ戻る日、馬車をひいていたあの奇妙な動物が、森の奥から現れた。翼のある、黒い馬のような動物だ。ところが他の生徒たちには見えないようで、違う方角を見てキョロキョロしている。スリザリンの「筋ばった男の子」とネビルには、ハリーと同じようにこの生物が見えていることがわかった。
見える者は手を上げてみろ、というハグリッドのことばに、ハリーは喜んで手をあげた。
見えない生徒たちは、地面に置かれた肉が空中に消えていくようすで、何かがそこにいるとわかった。

「セストラルだ」というハグリッドの説明に、パーバティが「見た人に災難がふりかかる、縁起の悪い動物だ」と言う。トレローニーが授業でそう言ったというのだ。
ハグリッドは「単なる迷信だ」と一蹴する。
「どうして見える者と見えない者がおるのか?」とハグリッドが聞くと、ハーマイオニーが手をあげた。ハーマイオニーは本で正確な知識を得ていたのだ。
死を見た者には見える、それがセストラルなのだという。

ハリーが一歳のとき、目の前で両親を殺された。しかしこの時は死が何かを理解できなかったので、「死を見た」ことにはならない。それは理解できる。
しかし、セドリックの死を目の前に見たのに、その学期末に馬車に乗ったときになぜ見えなかったのか?
この理由は「死の秘宝」まで読み終えてもわからなかった。
原作者の説明では、死のショックを乗り越え、二度と会えないと納得するまでは見えないとのことだが、ちょっと無理のある設定じゃないだろうか。

そこへアンブリッジが現れた。
アンブリッジはハグリッドに質問したり、生徒たちに何か聞いたりした。ハグリッドにしてはまともな受け答えをしたのだが、アンブリッジはそれを意地悪く解釈してメモを書く。
「授業自体は悪くなかったのに」とハーマイオニーが言うとおり、査察の結果がよくないことは明らかだった。