ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団(第35章前半)

「どこからともなく周り中に黒い人影が現れ、右手も左手もハリーたちの進路を断った」と、この章のはじめに書かれている。棚と棚の間の空間はけっこう広いようだ。ハリーたちは十数人に囲まれていた。
ルシウスが「私に渡せ」と手を差し出した。
ハリーが「シリウスはどこにいるんだ?」と聞く。この期に及んでも、まだシリウスがヴォルデモートの手に落ちていると思い込んでいたのだ。ヴォルデモートが見せた幻影だという可能性を、ハーマイオニーがあれだけ主張していたのに。

ハリーたちを囲んだ人物の中に、ベラトリックスがいた。彼女はハリーを小馬鹿にして赤ん坊のような声で話すという設定だが、わたしにはピンとこない。イギリスでは赤ん坊の真似をすることが、相手を小馬鹿にすることになるのだろうか。
ベラトリックスが「小さな赤ん坊が目を覚まして、夢が本物だと思った」と言っているのに、ハリーはまだ「シリウスがここにいることはわかっている」「おまえたちが捕らえたことを知っているんだ!」と叫ぶ。ハーマイオニーはもちろん、ロンやルーナもこの時すでに、ハリーがだまされたとさとっていただろう。この時のハリーは読んでいてもどかしい。早く目を覚ませ!と思ってしまう。

ルシウスが「予言を渡せ。そうすれば誰も傷つかぬ」と話しかける。
この球が「予言」なのだと、ここで読者にやっとはっきりする。しかしなぜ死喰い人たちがこの予言をほしがるのか、ハリーにも読者にもわからない。

ここでベラトリックスがハリーを「けがらわしい混血」と呼ぶ。彼らの基準では、両親が魔法使いであっても、祖父母の代にマグルがいれば half-blood と呼ばれるらしい。
ここでハリーが不敵にも「ヴォルデモートも混血だ。父親がマグルだ」と言う。これを聞いてルシウスやベラトリックスがどう思ったかは書かれていない。ベラトリックスがその後もヴォルデモートを崇拝していることから、ハリーの発言を出まかせと解釈したのだろうと思う。
ヴォルデモートが混血であることは、彼の在学時の教師たちは知っていただろう。しかし彼にとって、他人の記憶をあやつるなど簡単なはず。27章の校長室の場面で、魔法使いが他人の記憶を消せるだけでなく、記憶を書き替えることができると、読者にはわかっている。ヴォルデモートが、自分は純血だと死喰い人たちに思い込ませるのはたやすい。

ここのやりとりで、すこし驚いたことがある。
「赤い閃光が、ベラトリックス・レストレンジの杖先から飛び出したが、マルフォイがそれを屈折させた」という描写だ。
他人の杖から飛び出す光線を、魔法で屈折させることも可能なのだ。よほどタイミングが合わないと難しいと思うが、ルシウスの腕前はなかなかのものなのだろう。

ルシウスは、ハリーが予言についてまったく知らないことにおどろいていた。
ダンブルドアはおまえに一度も話さなかったと?」「おまえがもっと早く来なかった理由が、それでわかった。闇の帝王はなぜなのか、いぶかっておられた」とルシウスは話す。
ヴォルデモートはハリーを神秘部におびき出そうと、何度も神秘部の廊下の夢を見せていたのだ。しかしハリーにはその意味がわからなかった。
神秘部の棚から予言を取り出せるのは、その予言に直接かかわった者だけなのだ。魔法省がヴォルデモート復活を否定しているのを幸い、ヴォルデモートは身を隠しているから、魔法省には来ない。代わりにハリーをおびき出し、予言を取り出させることにしたことが、ルシウスとベラトリックスのせりふでわかってくる。

ハリーは死喰い人たちの注意をそらすために会話を続けながら、ハーマイオニーたちに合図する。五人がいっせいにレダクトの呪文で棚を壊す。たくさんのガラス球が落ちて壊れ、予言の声が入り交じって聞こえる。
誰かがハリーの肩をつかんだが、ハーマイオニーがステュービファイの呪文をかけて助ける。
来る時に通った扉を抜けたが、ロン・ルーナ・ジニーとはぐれた。扉の向こうからルシウスの声が聞こえてくる。
「予言を手に入れるまではポッターに手荒な真似はするな。ほかのやつらは、必要なら殺せ」
状況によっては、ハリーといっしょに来た五人は殺されたかもしれないのだ。

また、この時のルシウスのせりふから、この場にいた死喰い人たちの名前がわかる。
ルシウスとベラトリックスのほかに、ノット、ジャグソン、ドロルファス、ラバスタン、ドロホフ、マクネア、エイブリー、ルックウッド、マルシベール。そして、ルシウスが他の全員に指示をしていることから、彼がリーダー格だったこともわかる。

死喰い人たちがこの部屋に入ってきて、ハリーたち三人と戦いが起こる。
この戦いは細かく描写されているが、ここでドロホフのことが、「プルウェット一家を殺害した魔法使いだ」と書かれている。原文は the Prewetts  だが、ここは「一家」ではなく「兄弟」と訳すべきだろう。25章の日刊予言者新聞の記事では「ギデオンならびにファビアン・プルウェットを惨殺した罪」と書かれていたのだから。
通訳はその場その場で瞬時に訳語を決める必要があるけれど、翻訳の場合は作品全体の流れを考えるべきだ。Fabian がフェービアンになったりファビアンになったりと不統一なことも含めて、松岡は通訳の技術で翻訳をやってしまったのだ。
この巻でプルウェットの名が何度か出てくるのは、「死の秘宝」最終章でモリーの弟の名がフェービアン・プルウェットとわかるときのための伏線なのだろう。

戦いの中でハーマイオニーが気絶させられ、ネビルは鼻血を出している。
ネビルが「僕がハーマイオニーをかつぐ。僕より君の方が戦いが上手だから」と言う。このような混乱の中で、きちんとした判断ができることが、ネビルの成長を表している。

ハリー、ネビル、ハーマイオニーが例の円形の部屋に入ると、扉のひとつが開いてロン、ジニー、ルーナが倒れ込んできた。混乱の中ではあったが、六人はまたいっしょになれた。