ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団(第37章前半)

ダンブルドアが作ったポートキーに乗ったハリーは、ホグワーツの校長室に着いた。
壁の肖像画は全員眠っていたが、フィニアス・ナイジェラス・ブラックの肖像画が目を覚ました。ハリーが戻ってきた時の音に起こされたのだろう。
「こんなに朝早く、なぜここに来たのかね? この部屋は正当なる校長以外は入れないことになっているのだが」
そう言えば、アンブリッジは校長室に入れなかった。部屋が彼女を「正当なる校長」と認めなかったのだろう。その基準は不明だが。

ほかのいくつかの肖像画も目を覚ました。赤鼻の魔法使いが言った。「もしかして、これは、ダンブルドアがここに戻るということかな?」「あれがおらんとまったく退屈じゃったよ」
27章で姿を消したダンブルドアがその後どこにいたのか、結局最後までわからない。アンブリッジが入れなかったことから、わたしはダンブルドアが校長室にひそんでいたのだろうと想像していたのだが、この赤鼻の魔法使いのせりふを読んで、そうでないことがわかった。
ダンブルドアはその間、どこに住んでいたのだろう。ホグワーツのどこかか、それともホグズミードのどこかに隠れ家を持っていたのか。いずれにしても、ホグワーツ校内のようすが逐一わかるような手段を講じていたことは間違いないだろう。

ダンブルドアは、暖炉から出てきた。肖像画の元校長たちが、口々に「お帰りなさい」と迎えた。
ダンブルドアはふところからフォークスを取り出して、止まり木の下にある灰の上に載せた。フォークスは魔法省の戦いで、幼鳥の姿になっていたのだ。

ダンブルドアはまず「君の学友じゃが、昨夜の事件でいつまでも残る傷害を受けた者は誰もおらん。安心したじゃろう」と言った。
ハリーを安心させるための発言だったはずだが、ハリーは「ハリーのもたらした被害がどれほど大きかったかを、ダンブルドアが改めて思い出させようとしているような気がした」と書かれている。幻を見せられ、無駄な戦いをした上にシリウスを失ったことにハリーは自責の念を感じていた。当たり前のことではあるが… この章でのハリーの心理描写は真に迫っている。

「ハリー、気持ちはよくわかる」
このダンブルドアのせりふは、ここだけ読めば、ありきたりの慰めに聞こえる。
しかし、最終巻まで読み、アリアナ・ダンブルドアの死の事情を知ったあとでこのせりふを読むと、ダンブルドアがどれほどの共感を込めてこう言ったかがわかる。
しかしハリーは「わかってなんかいない」とどなり返してしまう。
ここまでは、ハリーに同情できる。

しかしそのあと、手当たり次第に物を投げたり壊したりするハリーには共感できない。
いくらやりきれない感情を持て余したといっても、他人の物を壊していいはずはない。ダンブルドアは壊された物をすぐに魔法で修復できるだろうが、それでも壊すのは論外だ。
ハリーは気が短くすぐかっとなる欠点がある。その欠点は第8巻の「呪いの子」でも描写されているが、その性格が最悪の形で表現されるのがこの37章だろう。

しかしダンブルドアはハリーを叱るどころか、「シリウスが死んだのはわしのせいじゃ」と言い出す。
それを聞いていたフィニアスが「私の曾曾孫が--ブラック家の最後の一人が--死んだと?」「信じられん」とつぶやく。日頃「碌でなしの曾曾孫」とシリウスを呼んでいるフィニアスだが、子孫が絶えたのはやはりショックだったのだろう。
ダンブルドアは、ヴォルデモートがハリーを誘い出すことを予想していた。それをハリーに告げなかったのは自分の失敗だったと謝る。しかし聞いていたとしてもハリーは同じことをしたかもしれないと、ここを読んでいて思った。

「炎のゴブレット」の墓場でヴォルデモートが復活したあと、ハリーとヴォルデモートの結びつきが以前より強くなり、ヴォルデモートがハリーに乗り移る可能性が大きくなった。そのためダンブルドアはハリーとの接触を必要最小限にしていたのだということが、ここではじめてわかる。

ハリーがアンブリッジの暖炉からブラック邸の暖炉へ顔を出し、シリウスがいるかどうか確かめたとき、クリーチャーは「ご主人はお出かけです」とうそをついていた。しかもクリーチャーは、バックビークにわざと怪我をさせ、シリウスを暖炉から遠い上の階へ遠ざけていた。
それは、マルフォイ夫妻の指示だった。クリスマスの頃、何日かクリーチャーが見当たらない時があったが、そのときクリーチャーは主人シリウスの親族であるナルシッサを訪ねていたのだ。

スネイプがハリーのことばから事態を察知し、シリウスがブラック邸にいることを確かめた。しかしハリーとハーマイオニーが森から戻ってこない。そこでスネイプは、ハリーたちが魔法省に行ったことを知り、騎士団に連絡。本部にいたシリウスやムーディが魔法省に出かけた。
そのあとで本部に来たダンブルドアに、クリーチャーはハリーにうそをついたこと、シリウスが魔法省に行ったことを話して高笑いしたという。
ドビーが主人を尊敬できず、主人の意に反した行動をとったが、それと同じことをクリーチャーがやったのだった。

お尋ね者の身のシリウスが魔法省に出かけるなどとんでもないことで、だからこそスネイプは「本部に残ってダンブルドアに伝言を」とスネイプに頼んだのだろう。
しかしシリウスはもともと、ハリーの安全より自分の気晴らしを優先する男だ。まだ無実が晴れていない身で魔法省に出かけ、再び収監されたらハリーが悲しむだろうなんてことは考えていなかったのだろう。

そしてこの章の後半で、ダンブルドアは、ハリーが入学して以来のことを振り返って、予言にまつわる重大な事実をハリーにうちあける。