ハリー・ポッターと謎のプリンス(第2章後半)

「セブルス、わたしを助けてくださるのは、あなたしかいないと思います。ほかには、誰も頼る人がいません」
ナルシッサのせりふは切ない。
マルフォイ夫妻に親しい友人がいなかったわけではないだろう。しかし姉のベラトリックスも夫のルシウスも含めて、死喰い人仲間の多くがアズカバンに収監されている。しかもヴォルデモートは、自分がドラコに命じた内容を他の者に話すことを禁じていた。たとえ仲間どうしでも、お互いに秘密を共有させないのがヴォルデモートのやり方なのだ。いや、ヴォルデモートだけではない。ダンブルドアも、同様の秘密主義を貫いていた。

「たまたまではあるが、我輩はあの方の計画を知っている」
こう言い出したスネイプ。ナルシッサが言い出す前に、何のことかを推察したのだ。ナルシッサはほっとしただろう。
スネイプ・ナルシッサ・ベラトリックスのやりとりから、読者には次のことがわかる。
ヴォルデモートは、何か重大な秘密の計画を持っている。そして、ドラコにその実行を命じた。ドラコは喜んでそれを受けた。しかしナルシッサは、任務が困難なものでドラコが成功するはずがないと思っている。ルシウスが予言の球の入手に失敗したので、その罰として、見せしめにドラコに無理な命令がくだされたのだと。
ドラコの任務の内容は、この章ではわからない。それが「ダンブルドア殺害」だとはっきりするのは、27章になってからだ。

ドラコへの命令を撤回するよう闇の帝王を説得してほしいと頼むナルシッサに、スネイプは答える。
「闇の帝王は説得される方ではない。それに我輩は、説得しようとするほど愚かではない」
このせりふ、なかなかカッコいい。

スネイプは、自分がドラコを手助けすることなら可能かもしれないと言い出す。
ナルシッサを完全に拒絶したまま帰すのは気の毒と思ったのだろうか。あるいは、ドラコが失敗してヴォルデモートの罰を受けるのを防ぎたいと思ったのか。
ナルシッサは「破れぬ誓いを結んでくださる?」と言い出す。この誓いがどれほど危険なものか、ベラトリックスの反応でわかる。

「破れぬ誓い」のやり方はこうだ。
ナルシッサとスネイプが右手を握り合う。ナルシッサが「ドラコを見守ってくださいますか」「ドラコに危害が及ばぬよう、力の限り護ってくださいますか」「ドラコが失敗した場合には、闇の帝王がドラコに命じた行為を、あなたが実行してくださいますか」と問いを発し、スネイプがその都度「そうしよう」と答える。結び手役のベラトリックスがふたりの手の上に杖を置いていて、スネイプが「そうしよう」と答えるたびに、細長い炎が杖から飛び出して、ふたりの手にからまる。
ベラトリックスはおそらく何かの呪文を唱えたのだろう。無言呪文なので描写が省略されたものと思われる。

ところで「破れぬ誓い」は、なぜ破れないのか。
それがわかるのは16章になってからだ。約束を破ったら死ぬという魔法だったのだ。
恐ろしい魔法があるものだ。

「死の秘宝」33章、スネイプの記憶の中には、ヴォルデモートがドラコにダンブルドア殺害を命じたことを、スネイプとダンブルドアが話題にする場面がある。あの会話は、ナルシッサとの「破れぬ誓い」より先だったのか、あとだったのか。
「死の秘宝」でスネイプの記憶の部分を読んだあとで「謎のプリンス」2章を読み返すと、スネイプが何を思いながらこの誓いをしたのか、いろいろ想像をめぐらすことができる。