ハリー・ポッターと謎のプリンス(第22章後半)

「幸運の薬」がイギリスの伝承にあるものなのか、それともローリングさんの独創かはわからない。もし伝承上に存在するとしても、かなり性格の違うものではないだろうか。
この作品では、フェリックス・フェリシスを飲むとまず自信満々な気持ちになる。そして、今自分がどう行動すればいいのかが、瞬間瞬間にわかる。しかし、なぜその行動がいいのかはわからない。何ともおもしろい薬だ。

ハリーは薬の効果として現れる衝動にしたがって、ハグリッドの小屋を訪ねることにした。それがなぜかはわからないが、そうするべきだとフェリックス・フェリシスが示しているのだ。
透明マントをかぶって城の外へ出ると、やはり薬の示す衝動で野菜畑に向かった。そこにいたのはスラグホーンとスプラウト先生だった。
ハリーはスラグホーンに、ハグリッドの蜘蛛のことを話す。

「森には、毒蜘蛛のアクロマンチュラがいるという噂は、聞いたことがある」「それでは、本当だったのだね」とスラグホーンが言う。このせりふは、「幻の動物とその生息地」のアクロマンチュラの項の記述に呼応している。
スラグホーンは、アクロマンチュラの毒を採集できるかもしれないという動機から、ハリーにつきあってハグリッドを訪ねることにした。魔法薬学の専門家としての関心かと思ったが、実は高価に売れるからという俗物的な目的のためだった。

小屋につくと、ハグリッドは泣きじゃくっていた。木屋の裏側には、巨大な蜘蛛の死体がひっくりかえっていた。
そこへ、ワインを数本かかえたスラグホーンがやってきた。
「哀れな仏は、どこにいるのかね」というスラグホーンのせりふは変だ。イギリス人がなぜ「仏」などという表現をするのか。原文は Where is the poor creature? なのだから、「哀れな動物」でいいはずなのに。毎度のことだが、この翻訳者のセンスはおかしい。

スラグホーンはこっそり毒を採集した。ハグリッドはすでに掘っていた穴にアラゴグを落とした。スラグホーンは別れのことばを述べたあと、杖を振って穴を土で埋め、塚を作った。
アラゴグのことをついさっき知ったばかりなのに、ハグリッドが喜ぶような「別れのことば」を用意しているのは、スラグホーンの頭の良さと抜け目のなさを示している。

埋葬が済むと三人は小屋に入った。スラグホーンは持ってきたワインをあけた。
「君の気の毒な友達のルパートにあんなことがあったあと、屋敷妖精に、全部のボトルを毒味させた」
スラグホーンは人の名前をよく間違えるという設定だが、ここで「ルパート」という名前が出てくるのはローリングさんの遊び心だろう。それにしても、屋敷妖精の命を何とも思っていないのがわかる。ハリーもそれを感じた。
ハリーはこっそりと、呪文でワインの量を増やした。酔いのまわったスラグホーンは、ハリーを「パリー・オッター」と呼んだりしている。

ハグリッドが酔って寝てしまったあと、ハリーはスラグホーンを説得にかかった。ここのスラグホーンとハリーのやりとりは、とてもおもしろい。スラグホーンが何度も迷いながら、ついにハリーに記憶を渡すまでの心の動きがよくわかる。いつもは気の短いハリーも、フェリックス・フェリシスの効果なのか、スラグホーンをその気にさせるせりふを次々と放つ。最後に、ハリーは黙ったままスラグホーンの決心を待つが、いつものハリーならこの辛抱強さはあり得ない。

スラグホーンはついに杖を取り出し、こめかみから銀色の糸のようなものを引き出して瓶に入れ、ハリーに渡した。
「君の目は母親の目だ」というスラグホーンのせりふ。ハリーの目の色が説得の効果を強めたことがわかる。そしてスラグホーンも眠り込んだ。