ハリー・ポッターと謎のプリンス(第25章後半)

トレローニーは、ホグワーツの教師に応募して面接を受けたときのことを、ハリーに話し始めた。
最初、ダンブルドアは占い学に乗り気ではないようだった。話している途中でトレローニーは変な気分になった。
そのとき、スネイプが邪魔をした。扉の外で騒ぎがあって、扉がパッと開いて、粗野なバーテンがスネイプといっしょに立っていたという。

このトレローニーのせりふは、以前ダンブルドアがハリーに説明したことと矛盾する。
「不死鳥の騎士団」37章でダンブルドアは「一つ幸運だったのは、盗み聞きしていた者が、まだ予言が始まったばかりのときに見つかり、あの居酒屋から放り出されたことじゃ」と言っていた。これが事実ならば、トレローニーがトランス状態から覚めたときにはスネイプはとっくに放り出されてそこにはいなかったはずだ。
スネイプが予言を最後まで聞けなかったことは、「不死鳥の騎士団」全編を通じての前提になっているから、この条件は動かせない。それならトレローニーは何を見たのだろう?
無理矢理解釈すれば、トランス状態のときに周囲で起こったことを特殊能力で知覚しているということになる。自分の予言だけは覚えていないが、周囲で起こったことは覚えているのだ。

ここでスネイプの名前が出たことが、ハリーにとって大きな衝撃だったのはわかる。
でも、ここでトレローニーのことを忘れて駆け出し、トレローニーが呼び止めると「ここにいてください!」と言うのはやはり身勝手すぎると思う。ハリー自身が、いっしょに校長室へ行こうと誘ったのに。

校長室に飛び込むと、ダンブルドアが言った。
「さて、ハリー、君をいっしょに連れていくと約束したのう」
23章でハリーが「発見なさったら、僕も一緒に行って、それを破壊する手伝いができませんか?」と聞き、ダンブルドアは「いいじゃろう」と返事をしていたのだ。
かってトム・リドルが住んでいた孤児院近くの洞窟に、分霊箱のうちのひとつがあることをダンブルドアがつきとめたのだ。どうやってつきとめたのかの説明はないが、トムの過去のいろいろなエピソードを集め、それに関連する場所をひとつひとつ当たっていたのだろう。おそらく膨大な作業だったはずで、しょっちゅう学校を留守にしていたのもうなずける。

何かの事情で動揺している表情をダンブルドアに見抜かれ、ハリーはたった今聞いたスネイプのことを持ち出す。一度持ち出すと、自分の感情を抑えることはできないハリーだ。スネイプへの憎しみとドラコへの疑いをいっしょにして、大声でダンブルドアに詰め寄った。
「先生は今夜、学校を離れる。それなのに、先生はきっと、考えたこともないんでしょうね。スネイプとマルフォイが何かするかもしれないなんて……」
ここを初めて読んだとき、わたしはスネイプが二重スパイになったいきさつも、スネイプの本心も知らなかった。しかし、このハリーのいい方は生意気千万だと感じた。

ダンブルドアは静かに「もうよい」と言った。「今学年になって、わしの留守中に、学校を無防備の状態で放置したことが、一度たりともあったと思うか?」「わしが生徒たちの安全を真剣に考えていないなどと、仮初めにも言うではないぞ」
スネイプの本心も、ドラコ・マルフォイの行動も、ダンブルドアはすべて把握していた。そのことをハリーが知らないのはしかたがない。しかし、ダンブルドアよりも自分の方が状況をよく知っているというのは、ハリーのひとりよがりのうぬぼれだ。たった十数年しか生きていないハリーと、百年を超えて生きてきてさまざまな戦いを経験したダンブルドアとでは、状況を把握する能力は比較にならないと誰でもわかるのだが。
ルーピンはそれを知っているからこそ、「わたしたちが判断する必要はない。それはダンブルドアの役目だ」と言い切れたのだろう。

ハリーを連れていく条件として、ダンブルドアは「わしの命令にすぐに従うことじゃ」と申し渡す。
逃げよ、隠れよなどの命令でも、「わしを置き去りにせよ」という命令でも従えというのだ。
つまり、これから行く先にはとんでもない危険が待っていて、ダンブルドアを置き去りにしてハリーが命からがら逃げる可能性も含まれていることになる。
寮に戻って透明マントを持ってくるように、とダンブルドアは指示する。五分後に正面玄関で落ち合おうと。

寮の談話室には、ロンとハーマイオニーがいた。
(なぜ都合良く他の生徒がいなかったんだろう? まだ日没まぎわの時間なのに)
ハリーは大急ぎで、ダンブルドアといっしょに出かけること、ドラコが必要の部屋で歓声をあげていたことをふたりに話し、忍びの地図をハーマイオニーに、フェリックス・フェリシスをロンに渡した。そして、DAのメンバーをできるだけ集めて、ドラコとスネイプを見張るようにと頼んだ。

正面玄関では、ダンブルドアが階段に腰掛けて待っていた。
息をはずませながらやってきたハリーを見て、ダンブルドアはどう思っただろう? ダンブルドアのことだから、透明マントを取りに行くだけにしては時間がかかったことにも気づいただろうし、その気になれば、ハリーの心の中をのぞくぐらいわけなかっただろう。実際にハリーの心を読むことはしなかったとしても。

「時々わしは、ロスメルタの得意客になるし、さもなければホッグズ・ヘッドに行くのじゃ。もしくは、そう見えるのじゃ」本当の目的地を隠すには、それがいちばんの方法なのじゃよ」
ダンブルドアはいつも、一杯飲みに行くとみせかけてヴォルデモートの過去をさぐっていたらしい。

ふたりは校門を出るとホグズミードまで歩き、「三本の帚」のロスメルタに「ホッグズ・ヘッドへ行く」と声をかけてから、ホッグズ・ヘッドの前へ。そこでダンブルドアはハリーにつかまらせ、姿くらましをした。
最後の行には「ハリーは冷たい暗闇の中に立ち、胸いっぱいに新鮮な潮風を吸い込んでいた」と書かれている。ホグワーツからホグズミードへ歩いている時点では「たそがれの薄明かりの中を…」と書かれているのだが、ここはすでに夜らしい。夏なのだから、緯度が低いほど日暮れは早い。
妊娠したメローピーはロンドンにいたのだから、孤児院もロンドン近郊にあると思うのが自然だ。ロンドンに海はないけれど、少し東へ行けば海岸はある。