ハリー・ポッターと死の秘宝(第1章)

第一章は、マルフォイ邸に近い小道を舞台に始まる。小道にヤックスリーとスネイプが同時に姿あらわしする。ふたりともとっさに相手に杖を向けるが、相手が誰かわかると杖をおろし、短い会話をかわす。
小道の描写に「左側には茨の灌木がぼうぼうと伸び、右側にはきっちり刈り揃えられた高い生け垣が続いている」とある。その右側がマルフォイ邸というわけだ。その道を右に曲がると、広い馬車道で正面に壮大な鉄の門。マルフォイ家の裕福さがよくわかる。孔雀が生け垣の上を歩いている。異国の鳥だから、これもぜいたくの象徴なのだろう。
ふたりが近づくと、人影もないのに玄関のドアが開いた。魔法使いは自動ドアを設置するのに電気を必要としないのだろう。
以前から、ルシウス・マルフォイが何かの職業をもって働いているようすはなかった。リアル世界の貴族と同じように、マルフォイ家は荘園や農地、借家などを所有していて、地代収入その他で暮らしているのだと思う。資産があれば、利子収入も得られるし。

ふたりは玄関ホールを通って客間に入る。ホールでも客間でも、やはりマルフォイ家の裕福さと家系の古さを示す調度が描写される。
正面で暖炉を背にしているのはヴォルデモートだった。スネイプには自分のとなりの席を示し、ヤックスリーにはドロホフの隣を指示する。座る席までヴォルデモートが決めているのだ。まさに独裁者。

スネイプは「不死鳥の騎士団は、ハリー・ポッターを次の土曜日の日暮れに移動させるつもりです」と報告する。
ヤックスリーは「ポッターは17歳になる前の晩、すなわち30日の夜中までは動かないとのことです」と報告する。
スネイプの言う「土曜日」が何日のことなのか、次の章を読んでもわからなかった。7月中であることだけは確かなのだが。Pottermoreでムーディの死亡日が7月27日となっていたのを見て、やっとはっきりした。
ヴォルデモートは、どちらかにはっきり賛成することばは口にしなかったが、スネイプの方を信用しているのはその態度で明らかだった。

ヤックスリーとヴォルデモートのやりとりから、ヤックスリーが魔法法執行部部長のシックネスに服従の呪文をかけたこと、ヴォルデモートがスクリムジョール殺害を指示していること、ハリーを自身の手で殺すことにこれまで同様こだわっていることがわかる。

この時、床下から苦痛の声が聞こえてきた。ヴォルデモートはワームテールを「囚人をおとなしくさせておけと言わなかったか?」と叱り、ワームテールはすぐに出ていった。
この囚人は誰?。
23章でマルフォイ邸に捕らえられていたのは、ルーナ・ディーン・オリバンダー・グリップフックの4人だった。しかしディーンとグリップフックは、15章で逃亡中だったし、ルーナもこのときにはまだ捕まっていなかったと思われる。原文の prisoner は単数。おそらくこの「囚人」はオリバンダーだろう。

ヴォルデモートは、誰かから杖を借りる必要があると言い、ルシウスの杖を所望する。
ここで「ドラゴンの心臓の琴線」と訳されているが、「心臓の繊維」または「心臓の筋繊維」で十分じゃないのか?

杖のことがなくても、マルフォイ夫妻とドラコはヴォルデモートがこの屋敷に滞在することを喜んではいない。もちろん口にはださないが、三人のようすからヴォルデモートはそれを察している。
ヴォルデモートに心酔しているベラトリックスは、ヴォルデモートの滞在を「この上ない名誉でございます」と言うが、ヴォルデモートはベラトリックスの姪であるニンファドーラ・トンクスが狼人間と結婚したことをなじる。
ここで読者は、「謎のプリンス」の医務室の場面で皆に祝福されていたルーピンとトンクスが、ほんとうに結婚したことを知るのだ。

「古い家柄の血筋も、時間とともにいくぶん腐ってくる」「腐った部分を切り落とせ」
「純血のみの世になるまで、我々を蝕む病根を切り取るのだ」
ヴォルデモートのこのせりふは、ヴォルデモート自身が純血であると死喰い人たちが信じていることを示している。ヴォルデモートの父親がマグルだったことは、彼らには想像もできないのだろう。死喰い人の中には、学生時代のトム・リドルを知っていて、彼がマグルの孤児院で育ったことを聞いた者がいたかもしれない。しかし他人の記憶に干渉することは、ヴォルデモートにとって容易いことだったに違いない。

この客室には、スネイプとヤックスリーが入ってきたときから、天井に女性がつり下げられていた。
この女性、マグル学教授のチャリティー・バーベッジを、ヴォルデモートはアバダケダブラで殺し、ナギニの夕食にする。
死喰い人たちが集まっている目の前でこういうふるまいをしたのは、「俺に逆らうとこういう目にあうぞ」という脅かしの効果を狙ってのことだろう。
そして、この女性がこれまで登場しなかったのは、読者に対する原作者の配慮ではないだろうか。もし前巻までに何かの形で、たとえば組み分け儀式や朝食の場面だけであっても登場していれば、殺されて蛇に食べられるという場面はショックが大きい。ここで初登場し、感情移入をする間もなく殺されてしまうのは、原作者の計算によるものだと思える。