ハリー・ポッターと死の秘宝(第2章)

舞台はダーズリー家に移る。
「あと四日間も魔法が使えないなんて、ばかげている」と書かれているから、今は7月26日か27日なのだろう。
ハリーは右手を怪我していた。トランクの中身を整理していて、ガラスの破片で右手を切ったのだ。
「傷の治し方など習ったことはない」と書かれているのを見て、少し不思議だった。骨折をあっという間に治す魔法があるのだから、切り傷を治す魔法も当然あるだろう。しかしこれまでの授業では習わなかったらしい。もし習うとすれば、フリットウィックが担当する呪文学の授業だろうか。
ここにハーマイオニーがいれば、ハナハッカのエキスを取り出したに違いない。彼女なら、授業で習わなかった魔法も知っている。

ハリーの手を傷つけたのは、「不死鳥の騎士団」24章でシリウスがハリーに渡した鏡だった。
もっとも、受け取ったときのハリーはそれが鏡であることを知らなかった。シリウスは「スネイプが君を困らせるようなことがあったら、わたしに知らせる手段だ」としか言わなかった。
この鏡のことを覚えていたなら、クリーチャーのうそを信じて魔法省へ行く必要もなかったのだが。
ハリーがこの鏡の使い方を知ったのは「不死鳥の騎士団」38章、魔法省での戦いが済んで、第五学年の終わる日だった。
鏡の中から答えるはずのシリウスはもういない。ハリーはかんしゃくをおこして、鏡をトランクに投げ、鏡はこなごなに割れた。そのかけらをトランクに残したまま、ハリーはその上に荷物を詰めたのだ。そして、トランクの底の部分は一年間そのままだった。割れた鏡のかけらをちゃんと片付けなかったために怪我をしたわけで、自業自得と言える。しかし鏡のかけらを手元に残したことが、あとでハリーの命を救うことになる。この原作者はほんとうにストーリーづくりがうまい。

もう学校に戻らないつもりなので、学校の制服やクィディッチのユニフォーム、それに教科書の大部分は置いていくことにして、トランクから出した。
そういえば、ハリーはクィディッチチームのキャプテンだったはずだ。じぶんやロンがいなくなったあとのチームをどうするつもりだったのだろう。そこまで考えていなかった、というのが正直なところじゃないだろうか。

次にハリーは新聞の整理にとりかかった。
チャリティー・バーベッジが辞職したという記事が小さく載っていた。彼女がどんな殺され方をしたか、ハリーは知らない。
エルファイス・ドージによる、長文のダンブルドア追悼記事があった。
「不死鳥の騎士団」16章でムーディに見せられた写真の中にドージの名があったが、ハリーは覚えていただろうか? 

ドージはホグワーツダンブルドアと同学年だった。
父親がマグルの若者を襲ったことで有罪になり、それが魔法界でさんざん話題になってから一年とたっていない時期に、ダンブルドアホグワーツに入学した。
父の不評にもかかわらず、ダンブルドアは一年生の終わりには秀才の評判をとり、在学中にいろいろな賞を受け、有名な学者たちと文通するようになった。
ホグワーツを卒業し、ドージとダンブルドアが卒業旅行に出かけようとしたとき、ダンブルドアの母親ケンドラが亡くなった。その一年後、ダンブルドアの妹のアリアナも死亡した。

そう書かれた追悼文を読んで、ハリーは、自分がダンブルドアの私生活をまったく知らなかったことを思い知らされた。
実は読者も、ここで初めてダンブルドアのプライバシーの一端を知るのだ。前巻までのダンブルドアは、ホグワーツの校長としてしか読者の前に現れていない。わずかに、自分の弟のことを話すせりふがあったが(「炎のゴブレット」24章)、あれはハグリッドをはげますためのせりふだった。

別の日の新聞には、リータ・スキーターのインタビュー記事が載っていた。これもけっこう長い記事だ。
リータは、ダンブルドアの伝記を書いていて、間もなく発行するという。正義の人で人格者と思われているダンブルドアの裏面を公表するというのだ。
先の新聞にあるドージの追悼文は、ダンブルドアの魔法界での功績や人格を誉め称えていたのだが、リータの記事はその反対だった。
リータはその記事の中で、ハリーをも中傷していた。

その時、鏡の中で明るいブルーがきらりと光った。それは一瞬だった。部屋の中にはそんな色のものはない。
それは両面鏡を通じて時々ハリーのようすを見ていたアバーフォースの目だったが、それがわかるのはずっとあとのことだ。