ハリー・ポッターと死の秘宝(第10章後半)

ハリーがクリーチャーの名前を呼ぶと、姿あらわしを示すパチンという音がして、クリーチャーが姿をあらわした。
名前を呼ぶだけで、何百キロも離れた場所にいる屋敷妖精を瞬時に呼び出せる。それも、部屋がいくつもあるブラック邸の中の、ハリーが今いる部屋にピンポイントで現れるのだ。屋敷妖精の魔法とというのはすごい。屋敷の持ち主のハリーでさえ、外から室内へ姿あらわしはできないのに。

ハリーは、二年前にゴミ袋に捨てた金のロケットの行方をクリーチャーが知っているかと尋ねた。
いったん手に入れたが、マンダンガスがそれを盗み出したという。
マンダンガスは、ブラック家からいろいろなものを盗み出した。もともと、本職は泥棒と思われる彼だから、金のロケットや家紋入りのゴブレットはわかる。しかしクリーチャーが言う「ミス・ベラやミス・シシーの写真も、奥様の手袋も…」は理解不能だ。クリーチャーにとっては宝物でも、マンダンガスが換金できるとは思えないのだが。

クリーチャーが「レギュラス様のロケット」と言ったことばをハリーが聞きとがめた。あのロケットとレギュラスはどういう関係があるのか。
ロケットについて知っていることを全部話せ、とハリーは命令する。

クリーチャーの話はこうだった。
レギュラスは16歳になったとき、ヴォルデモートの仲間になった。「隠れた存在であった魔法使いを陽の当たるところに出し、マグルやマグル生まれを支配する」というヴォルデモートの(表向きの)方針に正義を感じていたのだ。
そして一年後、レギュラスはヴォルデモートから屋敷妖精を貸せと命じられた。レギュラスは名誉なことだと喜んで、闇の帝王の言いつけを何でもやるように、そしてその後で帰ってくるようにとクリーチャーに言った。
ヴォルデモートはクリーチャーを連れて洞窟の中の湖へ行き、小舟で島へ。そこに水盆があり、クリーチャーは水盆の中に入った液体を飲めと命令された。クリーチャーが苦しみながらも全部飲み干したのは、命令にはさからえないという屋敷妖精の本能ゆえだろう。
ヴォルデモートは空になった水盆にロケットを入れ薬液を水盆に満たして、クリーチャーを島に残して立ち去った。ヴォルデモートはクリーチャーを使って、ロケットを守る魔法を試したのだ。屋敷妖精はそこで亡者に捕まって死ぬと思ったのだろう。しかし、レギュラスにはどう言うつもりだったのだろうか。

クリーチャーは無性にのどが渇き、湖の水を飲もうとしたが、水の中から亡者の手が伸びて彼をひきずりこもうとした。
「どうやって逃げたの?」というハリーの質問に、クリーチャーの答は「レギュラス様が、クリーチャーに帰ってこいとおっしゃいました」だった。
ハリーがその返事を理解できないでいると、ロンが「姿くらまししたんだ」と口をはさむ。
洞窟は姿くらましができないように魔法がかかっていた。だからダンブルドアも、姿くらましで出入りすることはできなかった。
しかし魔法使いの魔法と屋敷妖精の魔法は違う。姿くらましも姿あらわしもできないはずのホグワーツ校で、ドビーは姿あらわしをしていた。
では、ヴォルデモートはどうしてクリーチャーを放っておいたのだろう? それにはハーマイオニーがきっぱりとした口調で説明する。思い上がっていたヴォルデモートは、屋敷妖精が魔法使いの知らない術を使えるとは思わなかったのだ。

「屋敷妖精の最高法規は、ご主人様の命令です」とクリーチャーは言う。
主人を尊敬し、愛することができる環境に置かれた屋敷妖精にとって、主人の命令を聞くことは喜びだ。しかし、主人と心を通わせることができない屋敷妖精にとっては、嫌いなご主人から意に染まない命令を受け、それを実行することは、心の痛みを伴うことに違いない。

戻ってきたクリーチャーの話を聞いたレギュラスは、とても心配して、家から出ないようにと言った。クリーチャーが生きていると知ったら、何をされるかわからない。クリーチャーはロケットが分霊箱だとは知らないが、ヴォルデモートが何か大切なものをそこに隠したことはわかる。ヴォルデモートとしては、
クリーチャーはあの洞窟で死んで、隠し場所は誰も知らないというつもりだったのだ。
ここから先は想像だが、それまでヴォルデモートをひたすら尊敬していたレギュラスは、かわいがっているクリーチャーがひどい目にあったことで、初めてヴォルデモートに疑念を抱いたのだろう。
そして、今までのヴォルデモートの言動を思い出してみた。死を克服する方法を講じていると仄めかしていたことを思い出し、分霊箱の存在を推察した。ヴォルデモートがそこまで用心して隠すのは、分霊箱に違いないと。頭の良いレギュラスは、17歳にして分霊箱の知識があったのだ。

それからしばらくして、レギュラスはクリーチャーに、洞窟へ連れていってくれと頼んだ。
この時のレギュラスを、クリーチャーは「正気を失っていた」と言っている。
これまで信じきっていたヴォルデモートへの疑念、邪悪な分霊箱の魔法が実際に使われたという恐怖。しかし、ヴォルデモートに公然と楯突いたら、自分の命ばかりかクリーチャーや両親の命も危ない。ここはこっそり分霊箱を奪うことで、彼の意図の一部なりとも邪魔をし、思い知らせるしかない。
そう思い詰め、命を捨てる覚悟でレギュラスはクリーチャーに頼みごとをしたのだ。

レギュラスはクリーチャーの案内で洞窟へ行き、湖の中の小島に到達した。
水盆が空になったら、ロケットを取り替え、そのあとでひとりで家に帰れ。そしてここで見聞きしたことは誰にも言うな。持ち帰ったロケットはできるだけ早く破壊せよ。そうクリーチャーに言って、レギュラスは毒液を全部飲み干した。
ダンブルドアがこの毒液を飲み続けるためには、ハリーの助けが必要だった。レギュラスはどうやって全部飲み干せたのだろう。クリーチャーに手伝わせたという可能性もあるが、両親にかわいがられて育ったレギュラスだし、クィディッチのシーカーとして学校生活も充実していたようだから、つらい思い出がほとんどなくて、ダンブルドアほどには苦しまずに飲み干せたのではないだろうか。
飲み終えたレギュラスは、水の中へ引き込まれた。クリーチャーは命令どおり、ロケットを取り替えて家に戻った。
その後クリーチャーは、本物のロケットを破壊しようとあらゆることをやってみたが、うまくいかなかった。

ここまでの話を、クリーチャーは泣きながら話した。話すのもつらい心境だったかもしれない。
クリーチャーを苦しめたのは、自殺に近いレギュラスの死を手伝ったのが自分だったという事実だけではない。誰にも言うなという命令があったから、レギュラスの母にも真実を言えなかった。

ちょっと不思議なことがある。
クリーチャーの告白のとおりなら、レギュラスは洞窟の湖に人知れず沈んでいて、行方不明のままのはずだ。
しかし「不死鳥の騎士団」でシリウスは、レギュラスはヴォルデモート陣営から抜けようとして死喰い人に殺されたと言っていた。また「謎のプリンス」ではルーピンが、「レギュラスは数日しかもたなかった」と言っている。レギュラスの死については、事実と違う噂がいろいろあったのかもしれない。

ヴォルデモートに殺されそうになったのに、「不死鳥の騎士団」でなぜクリーチャーはシリウスを裏切ったのか。
ハーマイオニーが説明する。クリーチャーは自分が尊敬できる人、自分に親切にしてくれた人を喜ばせたいだけだと。魔法使いに仕えることは、屋敷妖精にとって喜びなのだ。その魔法使いが、自分を親切に扱ってくれる人なら。シリウスに「出ていけ」と言われた時--シリウスは「部屋から出ていけ」のつもりだったが、クリーチャーは「屋敷から出て行け」と解釈した--クリーチャーはナルシッサのところへ行き、シリウスとハリーが直接会わないようにうそをついた。

ハリーはクリーチャーに、マンダンガスを見つけてつれてきてほしいと頼む。
そして、ふと思いつき、巾着に入れて持ち歩いていた偽のロケットを、クリーチャーに差し出した。
「これはレギュラスのものだった。あの人はきっと、これを君にあげたいと思うだろう。君がしたことへの感謝の証に」
突然思いついたにしては、実に効果的なせりふだ。クリーチャーは大感激だった。ハリーとロン、そしてハーマイオニーに対しても、この時からクリーチャーの態度が変わった。