ハリー・ポッターと死の秘宝(第18章)

ハーマイオニーの杖を借りはしたが、自分の杖を使えないことは大きな痛手だった。
この時のハリーの気持ちは、とてもていねいに描写されている。この作品の特長のひとつは、心理描写がていねいなことだと思う。
ハリーは折れた杖を、ハグリッドがくれた巾着袋にしまい込んだ。

ハーマイオニーが、紅茶のカップを持ってハリーのところへ来た。そして、ハリーに一冊の本を渡した。
リータ・スキーターが書いた、ダンブルドアの伝記本だった。
チルダの家でハリーが写真をポケットに入れた時、人の家の物を勝手に持っていっていいのかと思ったが、ハーマイオニーは写真どころか本を一冊持ち出していた。もっとも、バチルダがもう本を読める状態ではなかったと推測した上での行動だったけれど。本は一度も開かれたことがないとわかる状態だった。

チルダの家で、ハリーは写真の男を「この人は誰ですか」と尋ねていた。その答えがこの本の中にあるだろうと、ハーマイオニーは本を見せたのだ。
ハンサムな青年が、若き日のダンブルドアといっしょに写っている。「ゲラート・グリンデルバルトと」という説明がついていた。
グリンデルバルトの名前は、「賢者の石」6章ですでに出ている。ダンブルドアが決闘で負かした相手としてだ。その後もチラチラと語られる名前だ。ゼノフィリウスが身につけていたペンダントを、クラムはグリンデルバルトの印だと言っていた。誰もが彼を悪人と認識している。そのグリンデルバルトが、ダンブルドアと仲良く写っているのだ。

ハリーは本をめくって、関連のありそうな記述を探した。ハーマイオニーも本をのぞき込んだ。
そこに書かれていたのは、確かに衝撃的なことだった。

18歳のダンブルドアは、エルファイス・ドージといっしょに卒業旅行に出発するため、漏れ鍋に泊まっていた。そこへ、ダンブルドアの母ケンドラの訃報が届き、旅行は取りやめになった。
ダンブルドアの一家は、娘アリアナの存在を隠していた。娘の存在を知っている少数の人には、アリアナは虚弱で学校に行けない」と聞かされていた。

ゲラート・グリンデルバルトはバチルダの「遠縁の甥」と書かれているが、甥なら遠縁とは言えない。矛盾する記述だ。原文は great nephew だから、厳密に訳せば「甥の子か姪の子」ということになるが、ここは「遠縁」だけでいいんじゃないのか。わたしなら単に「親類」と訳して、原文の正確な意味はあとがきで説明する。

リータが書いた伝記には18歳のダンブルドアがグリンデルバルトと意気投合し、「より大きな善のために魔法界を支配する」という夢を語り合っていたのだ。証拠の手紙まで、実物のコピーつきで紹介されている。

アリアナの突然の死でうろたえたグリンデルバルトはイギリスを去り、バチルダはそれっきり彼に会っていないという。
そして、アリアナの葬儀の席で、アルバスとアバーフォースの喧嘩が起こり、アバーフォースがアルバスの鼻をへし折った。
「賢者の石」1章で、ダンブルドアの鼻が曲がっているという描写があったが、その理由がやっとここでわかったのだ。
骨折を簡単に治せるはずの魔法使いである彼が、曲がった鼻を治さなかった理由は書かれていない。おそらく自戒のために、鼻をそのままにしておいたのだろう。

本筋と関係はないが、記事の中に「苦労して真実薬を手に入れたかいがあった」と書かれている部分がある。真実薬は「炎のゴブレット」にも「不死鳥の騎士団」にも出てくるが、簡単には作れない物らしい。

ハーマイオニーは、「これはリータ・スキーターの書いたものよ」と念を押す。
リータが真実と嘘とを巧みに組み合わせ、事実無根のことを読者に信じさせる手法に長けていることは、ハリー自身が被害者としてよく知っているはずだ。
それなのに、ハリーはこの記事に打ちのめされてしまった。

「より大きな善のために」は、その後悪事を重ねていたグリンデルバルトのスローガンになったと、ハーマイオニーは話す。グリンデルバルトが建てた牢獄の入り口にも、そのことばが刻まれていると。ハリーにはヌルメンガードという名前さえ初耳だったが、読書家のハーマイオニーは本で読んでいたのだろう。その牢獄に、グリンデルバルト自身が入れられたことも。

アリアナはスクイブで、そのために隠されていたとリータは推測していた。
ハーマイオニーは「その子のどこが悪かったにせよ、スクイブではなかったと思うわ」と言う。それが正しかったことは、28章でわかる。