ハリー・ポッターと死の秘宝(第19章前半)

8章の結婚式でのリュミエル大おばの話、11章でのリータの新聞記事、そしてハーマイオニーが持ってきたリータの著書。ダンブルドアの生涯に関する情報は、三段構えでハリーの疑念を増大させていった。ハーマイオニーと見張りを交代して寝床に入っても、ろくに眠れず、おかしな夢ばかり見た。

早くに起き出したハリーにハーマイオニーは「誰かが外を動き回っている音が聞こえた。人影を見たような気もした」と言った。あとで考えれば、それはロンだったのだろう。
しかしふたりは、ロンが自分たちを見つける手段を持つとは夢にも思わなかったし、怪しい物音や人影は死喰い人だと信じたとしても無理はない。
「気のせいだとは思うけど…」と言いながらも、ハーマイオニーはいつも以上に用心していた。ふたりはテントを片付け、透明マントをかぶって姿くらましした。

「『ここはどこ?』ハリーは(中略)ビーズバッグを開いてテントの柱を引っ張り出しているハーマイオニーに問いかけた」
この時、ビーズバッグの口が開いていたことが重要な伏線になる。「グロスター州のディーンの森よ」と答えるハーマイオニーの声を、肖像画のフィニアスが聞いていたのだ。そのことが読者にわかるのは、33章になってからだけれど。
グロスター州もディーンの森も、実在の地名だ。
用心深いハーマイオニーだが、この時の会話をフィニアスに聞かれたことは最後まで気づかなかった。

深夜、テントの入り口で見張りをしていたハリーの前に、明るい銀色の光が現れた。
その光は銀色の牝鹿の形になった。
一歩一歩歩いているのに足音は聞こえず、雪の上に足跡も残さなかった。ハリーはその牝鹿についていった。
これも33章でわかるが、これはスネイプの守護霊だった。

牝鹿が現れる前、すでにハリーは「今夜は何かが違う」と感じていた。
牝鹿が見えたときも、「この牝鹿はハリーのところに、そしてハリーだけのところに来たのだ」と確信している。何の根拠もないのに。
牝鹿についていくときも、「直感が、これは闇の魔術でないとハリーに教えていた」と書かれている。
ハリーが直感力に優れていることは、これまでも描写されていたが、いちばん顕著なのはこの場面だと思う。ストーリーの都合と言ってしまえばそれまでだが。
それにしても「まつげの長い大きい目」と書かれているのはちょっと不思議だ。守護霊って、そこまで細かく見えるのだろうか。

ハリーを誘って歩いていた牝鹿が立ち止まり、顔をハリーに向け、そして消えた。
まわりが真っ暗になったので、ハリーは杖明かりをつけた。何かが杖明かりを反射した。小さな池があり、その中で何かが光っている。
柄にルビーをはめ込んだ銀色の剣。探し求めていたグリフィンドールの剣がそこにあった。
アクシオの呪文を唱えてみたが、剣は動かなかった。

「何をすべきか、ハリーにはわかっていた」
またもや直感だ。もっとも今度は純粋な直観ではなく、「真のグリフィンドール生が助けを求めたときに剣が現れる」とダンブルドアが言っていた知識が手伝っていた。凍っている水の中に飛び込む勇気を示すことが必要なのだ。
服を全部脱ぎ、靴も脱いだのに、ハリーは首に下げた分霊箱をはずすことを忘れていた。このことでは直感が働かなかったらしい。

ありったけの勇気を出して冷たい水に潜り、剣を手にしたとき、分霊箱の鎖が首を締めた。巻きついている鎖をはずそうとしたが、鎖は強く締め付けてくる。

ハリーが我に返ったとき、雪の上で咳き込んでいた。
そばでもうひとり、誰かが同じように咳き込んでいる。
そこに立っていたのはロンだった。何週間ぶりかで姿を見せたロンが、片手に剣を、もう一方の手に分霊箱を持って立っていた。

ハリーを助けてくれたのはロンだった。
もしロンが居合わせなかったら、ハリーは溺れてしまったのだろうか?
そうではないと思う。スネイプが隠れて見守っていたはずだから、もしハリーが危険だとわかれば、スネイプは姿を見せないまま、何らかの魔法でハリーを助けただろう。