ハリー・ポッターと死の秘宝(第21章前半)

「死の秘宝」と呼ばれるアイテムそのものは、これまでの巻にすでに登場している。
透明マントは「賢者の石」のクリスマスにハリーが入手し、その後どの巻でも活躍した。
蘇りの石は「謎のプリンス」4章、スラグホーンの住まいを訪ねた時に、ダンブルドアの左手にはめられた指輪をハリーが見たのが初登場だ。
ニワトコの杖の初登場は「アズカバンの囚人」9章、ディメンターの攻撃でハリーが気を失ってほうきから落ちた時だろう。ダンブルドアが杖を振って、ハリーが落ちるスピードを遅らせた。もっともハリーはそれを見ていないのだが。
その三つの品が、最終巻のそれも真ん中あたりになって、強い関連のあるものだと判明する。読者の誰も思いつかなかったのではないか。

話は戻って、ゼノフィリウスが「死の秘宝の印のことかね?」と言ったとき、ハリーたち三人は意味がわからなかった。ハリーはともかく、魔法界で育ったロンも物知りのハーマイオニーも、初耳という反応をした。
ゼノフィリウスは三人の反応に驚かなかった。
「信じている魔法使いはほとんどいない」
「あのシンボルは、ほかの信奉者が『探求』を助けてくれることを望んで、自分が仲間であることを示すために使われる」
「信奉者たちは『死の秘宝』を求めている」
ゼノフィリウスの説明でも、三人はよく理解できなかった。

そこで、ゼノフィリウスは「三人兄弟の物語」に言及する。
ハーマイオニーはビーズバッグから、ダンブルドアに遺贈された本を取り出した。「吟遊詩人ビードルの物語」だ。
「原書かね?」とゼノフィリウスが聞いたのは、この本がルーン文字ラテン文字の両方で出版されていて、初版がルーン文字だったからだろう。例えるなら、万葉仮名で書かれているようなものだ。
その本の中に「三人兄弟の物語」が収録されている。ゼノフィリウスにうながされ、ハーマイオニーが物語全部を読み上げる。

三人兄弟が「死」に出会い、それぞれ「死」から贈り物を受け取った。
長男は決闘で必ず勝てる杖、次男は死者を呼び戻せる石、三男は透明マント。
三人はそれぞれの目的地に行くために別れて旅を続けた。
1週間後、長男はこの杖を自慢したばかりに、夜中に寝首を掻かれた。
次男は恋人を蘇らせたが、その恋人とはベールをへだてたような関わりしか持てず、とうとう自殺。
こうして、死は兄たちを手に入れた。
三男は透明マントのおかげで「死」に見つかることなく生き延び、老齢で寿命がきたとき息子にマントを譲った。

ゼノフィリウスは「ニワトコの杖」と言いながら紙に縦線を一本引き、「蘇りの石」と言いながらその上に丸を描きたし、「透明マント」と言いながら、縦線と丸を三角で囲んだ。
これが「死の秘宝」のマークだった。
物語には「死の秘宝」ということばは出てこない。しかし信奉者たちはこの三つの秘宝が実在すると信じて、探し求めているのだという。

それらはほかにない特別の品だ。
一般に魔法界で使われている透明マントは、何年かたつと半透明になってしまう。しかし「死の秘宝」のマントは、永久に長持ちし、どんな呪文をかけても見通せない。
「そういうマントを今まで見たことがあるかね?」とゼノフィリウスがハーマイオニーに聞く。
ゼノフィリウスが言うとおりの透明マントがビーズバッグの中にある。しかしハーマイオニーは口を開きかけたものの、何も答えなかった。ゼノフィリウスを完全に信用していいかどうかわからない、と思ったのではないだろうか。

ニワトコの杖は、最も容易に跡を追えるとゼノフィリウスは言う。そして、ニワトコの杖を所持したと思われる魔法使いの名前をあげていく。その名前はアーカスとリビウスのところで途切れていて、その後の杖の行方はわからない。
このアーカス、リビウスはいつの時代の人なのだろう?
あとでわかるが、その後杖の持ち主はグレゴロビッチ→グリンデルバルト→ダンブルドアと移っていくのだ。

ここでハーマイオニーが「ペベレル家と死の秘宝は、何か関係がありますか」と尋ねる。
ゼノフィリウスの態度が一変する。死の秘宝の探求者だけが知っていることを、ハーマイオニーが口にしたからだ。
「三人兄弟の物語」の兄弟とは、実在したペベレル家の兄弟だ。それがゼノフィリウスの認識だった。
ゴドリックの墓場で、ハーマイオニーはイグノタス・ペベレルという名前の墓にこの印が刻まれているのを見たのだ。記憶力のよいハーマイオニーは、墓の主をフルネームで覚えていた。
ペベレルの名をどこかで聞いた、とハリーは思ったが、どこで聞いたかは思い出せなかった。「謎のプリンス」でマールヴォロ・ゴーントがその名前を口にしていたが、一瞬のことだったから、思い出せなくても不思議はない。

この会話の間、ゼノフィリウスは何度も窓の外を見ている。
ハリーたちが到着したとき、ルーナに知らせると言って外へ出ていたが、このとき魔法省に「ポッターが来ている」とふくろうで連絡したのだ。
もし彼が死喰い人で、腕に例の印を持っていたら、瞬時にヴォルデモートに連絡できただろう。しかし彼は、むしろハリーを公然と応援していた。ルーナが拉致されたので、娘を救うために止むを得ず密告という手段に出たのだが、連絡がふくろう便だったおかげで、ハリーたちは時間を稼ぐことができた。
「夕食を食べていってくれるだろうね?」ゼノフィリウスはそう言って、台所で料理を始めた。