ハリー・ポッターと死の秘宝(第28章後半)

原作者はこの小説で、何人もの際立ったキャラクターを書き分けている。中でもわたしがもっとも興味を惹かれるのはアバーフォースだ。いつか、アバーフォースを主人公にしたスピンオフ作品を読みたいものだと思っている。
ハリーが生まれる前から、身分を隠したまま兄の密偵としてさまざまな情報提供をしてきた彼。兄の葬儀に、親族としてではなく単なる知人として列席した彼。兄の死後も、ハリーを見守り、ネビルたちを助けてきた彼。だからと言って兄を全面的に肯定してきたわけではなく、「兄が偉大な計画を実行しているときには、決まって他の人間が傷ついたものだ」「兄がとても気にかけた相手の多くは、むしろ放っておかれたほうがよかった、と思われる状態になった」と冷静な見方もしている。

このアバーフォースの発言を聞きとがめたのがハーマイオニーだ。「どういうことでしょう?」「妹さんのことですか?」とアバーフォースに問いかける。
これがきっかけになって、アバーフォースは堰を切ったように妹アリアナのことを語り出す。

アリアナは六歳の時に三人のマグルの少年に襲われ、乱暴されたという。その時のことを語るアバーフォースのことばは抽象的で、実際には何が起こったのかわからない。アリアナはどんな魔法をマグルに見られてしまったのか。マグルの少年たちが「図に乗った」というのは具体的にどういうことだったのか、わからずじまいだ。不親切な書き方だと思う。
結局アリアナは精神を病み、時々発作を起こして魔法を爆発させるようになった。父はマグルの少年たちを攻撃し、そのためアズカバンに収監されたが、理由は一切言わなかった。その後父はアズカバンで死去している。それが何年のことかは小説に書かれていないが、2章の追悼文からアルバスの在学中のことだったと思われる。

アリアナが十四歳の時、アルバスは卒業し、エルファイス・ドージといっしょに卒業旅行に出かける予定だった。しかしたまたまアバーフォースが不在の時にアリアナが発作を起こし、その破壊力によって母のケンドラが死んだ。
アバーフォースは学校をやめてアリアナの世話をしようとした。アリアナを落ち着かせることができたのはアバーフォースだったからだ。しかしアルバスは反対し、アリアナの世話をし始めた。

数週間はなんとかやっていたが、グリンデルバルトがこの村に来て状況が一変した。アルバスははじめて自分と同等の才能を持つ相手に出会い、意気投合した。二人は死の秘宝の探求や「より大きい善のため」魔法界を改革する計画に夢中になり、アルバスはアリアナの世話をおろそかにし始めた。

夏休みが過ぎていき、アバーフォースがホグワーツへ戻る日が迫って来た。
兄とグリンデルバルトが旅行の計画を立て、アリアナを伴おうとしていることにアバーフォースは反対した。アリアナは動かせるような状態ではないと。
アルバスは気を悪くし、グリンデルバルトは激怒した。
アバーフォースはもともと「頭脳派でなく肉体派」のタイプだ。アバーフォースとグリンデルバルトは、言い争いから杖の応酬へと進んだ。グリンデルバルトがアバーフォースに磔の呪文をかけ、アルバスがそれを止めようとした。三人が呪文をかけ合う中で、気づいたらアリアナが死んでいた。三人の呪文のうち誰のものがアリアナを殺したのか、アバーフォースにはわからなかった。アルバスにもわからなかったことは、35章ではっきりする。

ハリーはここではじめて、洞窟で毒薬を飲んだアルバスの反応の意味を知った。あの時のダンブルドア先生は、アリアナが死んだ日の幻覚を見ていたのだ。
そして、ドージの追悼文やリータの本のどこが真実でどこが誤解だったか、ハリーたち三人はやっと知ることができた。

国外へ逃げろと勧めていたアバーフォースだが、ハリーの決心が固いのを知ると、アリアナの肖像画に向かって話しかける。
アリアナの姿が、絵の奥へと遠ざかっていく。
しばらくすると、絵の中の姿が二人になり、今度はこちらへ近づいてくる。
そして、肖像画が開いてその奥のトンネルが見え、中から誰かが飛び出して来た。ネビルだった。

この章の中で、アバーフォースがアリアナについて話し始める前、彼は「ヴォルデモートは執拗に君を求めている」と言う。
これは完全な誤訳だ。「禁句」の魔法が効いているこの時期、ヴォルデモートの名前をそのまま口にして無事で済むはずがない。
原文は he になっているのだろう。翻訳において he や she を具体的な人名にすることはよくあることだが、ここでは絶対やってはいけないはずだ。
この出版社は、校正も校閲もやる人がいないのだろうか。たとえ翻訳者がうっかりしていたとしても、校正者か校閲者が指摘するべき誤りだと思う。

スピンオフとして作られた映画「ファンタスティック・ビースト」には、オブスキュラスという魔法現象が登場する。
アリアナはオブスキュラスを生む者だったのか?
ファンタスティックの第2作でダンブルドアは「オブスキュラスは愛に飢えた者に生まれる」という意味のことを言っているので、アリアナの症状はまた別なのかもしれない。アリアナは心を病んでいたけれど、両親やアバーフォースには深く愛されていたはずだ。