ハリー・ポッターと炎のゴブレット(第22章)

この章は、「変身術」の授業風景から始まる。
「変身術」は原文では transfiguration 。transfigure は「変形させる」「変身させる」という他動詞だ。
だから一年生の最初の授業では、マッチ棒を針に変える練習をしたのだ。
(そういえば、アーサー・ウィーズリーはマッチの使い方を知らなかった。魔法界ではマッチは不要なのに、マクゴナガル先生が授業にこれを使ったのは、あとから考えれば不思議だ)
日本語の「変身」は、自分自身が何かほかの物になることを言う。たとえば、ハヤタがウルトラマンに変身する、というのがこのことばの標準的な使い方だ。
だから、マクゴナガルが教える科目を「変身術」と呼ぶのはあまりふさわしくない。でも、ぴったりの訳語が思い浮かばない。わたしなら、transfiguration を「変形術」と訳すかも?

変身術の授業の終わりに、マクゴナガル先生はクリスマス・ダンスパーティの話をする。
ここで彼女が言う「髪を解き放ち」は、おそらく英語の慣用表現なのだろう。
授業のあと先生はハリーを呼び、パーティで代表選手が最初に踊ることを告げ、パートナーを必ず連れてくるようにと言う。

「ホーンテールが片付いた今、女の子をダンスパーティに誘うという仮題をぶつけられると、もう一度ホーンテールと戦う方がまだましだとハリーは思った」
こういう心理描写、ローリングさんはほんとうに上手だ。この時のハリーの気持ちはよくわかる。

ダンスパーティに関する話題の中で「妖女シスターズ」というバンド名が出てくる。
また、「WWN魔法ラジオネットワーク」という名前が出てくる。原文は Wizarding Wireless Networkで、ラジオ放送網のことらしい。魔法界にはテレビはないけれど、ラジオはあるのだ。たぶん電気ではなく、魔法で機能するのだろう。魔法界では物理法則が通用しないのだから、ラジオをつけるのに交流電源も電池も要らないに違いない。

ダンスパーティの日が近づくと、生徒たちは気もそぞろになった。
そんな状態の中で授業をする教師たちの描写はおもしろい。フリットウィック先生はまともな授業をあきらめ、ゲームをして遊んでよいと言った。ビンズ先生はいつもどおり、ノートを単調に読み上げた。マクゴナガル先生とムーディ先生は最後まできちんと授業をした。あとでわかるが、ムーディの場合はもちろん「もし本物のムーディならこうするはず」と考えてふるまっていたのだろう。スネイプ先生はテストまで持ち出した。

談話室の場面に、「ハーマイオニーは『魔法薬学』のノートから顔を上げて…」という記述がある。
魔法薬学でハーマイオニーはつねにスネイプにいじめられ、差別されている。彼女もスネイプを嫌いなはずだ。教師が嫌いでも勉強はきちんとすることが、いかにもハーマイオニーらしい。
同じ場面、爆発スナップゲームのカードが爆発し、ロンの眉毛がこげる。フレッドとジョージが「男前になったぞ、ロン。おまえのドレスローブにぴったりだ」とからかう。ここはかなり腹がたった。ロンがあのドレスローブを苦にしていることを知らないはずはないのに、心の傷に塩を塗り付けるような言い方をするなんて。
ここで、双子が誰かに手紙を何度も出していることがわかる。相手がルード・バグマンだとわかるのは、37章になってからだ。

フレッドはみんなの前でアンジェリーナに「俺とダンスパーティに行くかい?」と気軽な調子で誘う。アンジェリーナは「いいわよ」とだけ答えて、友人とおしゃべりを続ける。
パートナーを見つける必要があるとわかった当初、ハリーもロンも、女の子がいつも集団で移動するから声をかけにくいと思っていた。でもここで、まわりにおおぜいがいても誘えるのだと、フレッドがお手本を見せてくれている。それなのにハリーは、まだチョウがひとりになる機会を必死に狙っている。ちょっとは学習したらいいのに。

何とかチョウに声をかけることができたが、先約があった。チョウはセドリックに申し込まれて、承知していたのだ。
この時点でチョウとセドリックが付き合っていたかどうかはわからない。ハリーに申し込まれた時のチョウの反応からして、まだ付き合いは浅かったのだろう。おそらくこのダンスパーティがきっかけで、ふたりの交際が始まったのだと思う。

ロンの方は、フラーに衝動的に申し込んでしまい、すぐにそれを後悔して寮に逃げ帰っていた。
「急に、取り憑かれたみたいになって…」とロンは言っているから、ヴィーラの血をひくフラーが無意識に魔法を使ったのだろう。ヴィーラの魔法が男性に与える影響は、すでに第9章で描写されている。ただ、他の男子生徒が影響を受けていないらしいのに、ロンだけがおかしなふるまいをしたのなら、それはロンの精神的な弱さや暗示にかかり易い傾向を示しているのだ。実際「謎のプリンス」で、ロンはみごとに暗示にかかっている。

ネビルはハーマイオニーに申し込んで断られたと、ロンはハリーに話す。
「あの人はいつもとってもやさしくて、僕の宿題とか手伝ってくれて…」
ロンのせりふに出てくるネビルのことばから、ハーマイオニーはハリーとロンだけでなくネビルの勉強も助けてやっていることがわかる。屋敷妖精のことでもわかるように、ハーマイオニーは弱者に親切なのだ。そういえば、クルックシャンクスを買った動機も、ペットショップで売れ残っていたからだった。
このとき、ロンがネビルのことを「誰があいつなんかと?」と言うのには腹が立った。確かにネビルは劣等生だが、その言い方はないだろう。もしロンがマルフォイ家に生まれていたら、ドラコ以上の嫌な子に育ったかもしれない。

クリスマスの一週間前、ハリーはやっと相手を見つけた。パーバティ・パチルに、自分から申し込むことができたのだ。
ロンの相手も、パーバティの妹(姉?)が引き受けてくれることになった。
ただ、この章の最後の文「パドマ・パチルの鼻が、顔の真んまん中についていますようにと、心から願った」は不自然だ。バーパティとパチルが一卵性双生児だということは、すでにハーマイオニーから聞いているはずだし、一卵性双生児の容貌がそっくりなことぐらい、知識として知っているだろうに。