ハリー・ポッターと死の秘宝(第23章後半)

ハーマイオニーが階上の広間に残され、残りの捕虜は地下牢に入れられた。残りというのはハリー、ロン、ディーン、それにグリップフックだ。全員が背中合わせに縛られていた。
地下牢へ行くときの描写に「グレイバックは、前に突き出した杖から抵抗し難い見えない力を発して、捕虜たちを別のドアまで無理やり歩かせ、暗い通路に押し込んだ」と書かれている。
そういう魔法もあるのだ。服従の呪文とも違うようだが、ひとりで複数の相手の動きを制御できるというのは、グレイバックもそこそこの魔法使いだということなのだろう。
そして、そのグレイバックを含めて四人を一度に魔法で抑えることができるベラトリックスは、さらに強い。

四人は縛られたまま階段を降り、地下牢に放り込まれた。そこは真っ暗で、何も見えない。ロンはハーマイオニーの名前を呼び続けている。
そこへ、思いがけない声がハリーとロンの名を呼んだ。ルーナだった。オリバンダーもいた。ふたりは以前に捕まってこの地下牢に入れられていたのだ。

ルーナは古くぎでロンとハリーを縛っている縄を外そうとした。ここに釘があるなんて好都合すぎると思うが、まあいいだろう。ロンのポケットの灯消しライターが役に立ち、ルーナは縄を切るのに成功した。
四人は体を動かせるようになった。

会場からは、ハーマイオニーの悲鳴とベラトリックスの声が聞こえてくる。
「ほかには何を盗んだ? ほかに何を手に入れたんだ?」とベラトリックスがナイフでおどしながら詰問している。しかしハーマイオニーには答えようがない。何のことかわからないのだら。

ロンは走り回って出口を探すが、ルーナは「何もかも試して見たが、出ることは不可能」と言う。
ハリーは巾着から折れた杖やスニッチを引っ張り出したが、その時鏡のかけらが落ちた。鏡の中にブルーの目が映っている。
「助けて! 僕たちはマルフォイの館の地下牢にいます」とハリーは鏡に向かって訴えた。
あとでわかるが、これを聞いたアバーフォースがドビーをマルフォイ家に送るのだ。

ベラトリックスの声が続く。
「どうやってわたしの金庫に入った?」
磔の呪文をかけられながらも、ハーマイオニーは気丈に「それは本物の剣じゃない、模造品なの」と機転をきかせる。
ルシウスが「小鬼を連れてこい。あいつならわかる」と提案。
ハリーはとっさにグリップフックに「あの剣が偽物だと言ってくれ」と頼む。
グリップフックを連れにきたのはドラコだった。ドラコはグリップフックを連れて階上へ向かった。

その瞬間、地下牢にドビーが現れた。
屋敷妖精の魔法と魔法使いの魔法とは違う。その設定が、この場面で見事に生きてくる。魔法使いにはどうしても破れない牢を、屋敷妖精はやすやすと破ることができるのだ。
ハリーは、ルーナとディーンとオリバンダーをここから連れ去るように頼む。どこへ連れ去ってほしいのかを思いつかないで困っていると、ロンが「ティンワース郊外の貝殻の家へ」と行き先を指定する。ビルとフラーの住まいだ。
ルーナとディーンはハリーを置いて自分たちだけが逃げることをためらったが、ハリーは「とにかく行ってくれ」とうながした。

姿くらましの時には、パチンと言う大きい音がする。その音の大きさは「不死鳥の騎士団」でマンダンガス が姿くらましした時の描写でわかる。
ドビーたちが消えた音は会場まで聞こえた。
ルシウスの指示で、ピーターが様子を見にきた。ハリーとロンはドアの両側にはりつき、ピーターがドアを開けた一瞬に飛びかかった。三人が取っ組み合いになった。
「ワームテール、どうかしたか?」と階上からルシウスの声がした。ロンがピーターの声を真似て「なんでもありません」と答えた。
ここはどうみても不自然だと思う。二十年も年齢の違う他人の声を、それもよく知っているわけでもない相手の声をそうやすやすと真似られるのは変だ。それでルシウスがだまされるのも変だ。
前巻や前々巻で、ロンが他人の声を真似る名人だという設定にして、それを表すエピソードを作っておけばよかったのに。

ピーターの銀の腕がハリーの首を締めた。ハリーが生き絶え絶えになりながら、「僕はおまえの命を救ったのに」「君は僕に借りがある」と言った。そのことばに、ピーターの腕がゆるんだ。
余計なことかもしれないが、ここでハリーの相手に言う you を「おまえ」と訳したり「君」と訳したりするのはなぜなんだ。そんな必要はない場面なのに… 読んでいてイラつく。

ロンがピーターの杖を奪い取った。そのとたん、ピーターの銀の手がひとりでに動き、ピーターの首を締め始めた。ハリーもロンもその動きを抑えようとしたが、駄目だった。
「ペティグリューは、一瞬のちゅうちょ、一瞬の憐憫の報いを受けた」と書かれている。この件といい、灯消しライターの件といい、ダンブルドアの将来を見通す能力には驚かされる。
ところでヴォルデモートは、銀の手にどんな魔法をかけたのだろうか。「武装解除されて敵にやられそうになったら、手がピーターを絞め殺す」という魔法だったのだろう。ピーターは騎士団のメンバーだったのに寝返った。また寝返るかもしれないと、ヴォルデモートは考えていたのではないか。

ピーターが自分自身の手に殺されたせいで、ドアが開いたままになり、ハリーとロンは部屋の外へ出ることができた。
ベラトリックスが「本物の剣か」と問い、グリップフックが「偽物です」と答えるのが聞こえた。
ベラトリックスは安堵したようすで、腕の「闇の印」に人差し指を押し付けた。ヴォルデモートを呼んだのだ。

この間、ハリーの心は数回にわたってヴォルデモートの意識とつながっている。ヌルメンガードの要塞の独房で、グリンデルバルトは「さあ殺せ」「あの杖は金輪際、お前のものにはならない」と言う。ヴォルデモートはアバダケダブラをかける。
ベラトリックスが「闇の印」に触れたのは、その時だった。

ハリーとロンは、ベラトリックスがいる大広間へ飛び込んだ。
ベラトリックスは気を失っているハーマイオニーの喉にナイフを突きつけ、杖を捨てろと命令した。ハーマイオニーの喉に血がにじみ始めた。ふたりは杖を捨て、ドラコがその杖を拾った。
その時、天井でガリガリという音がした。ドビーがシャンデリアを外そうとしていたのだ。
シャンデリアの真下の板ベラトリックスは、ハーマイオニーを放り出して飛びのいた。ロンはハーマイオニーを、壊れて落ちたシャンデリアの下から引っ張り出した。ハリーはドラコに飛びかかり、ドラコが持っていた三本の杖を奪い取った。この行動が、大きな意味を持つことになったのだが、ハリーはまだそのことを知らない。

剣を抱えたままのグリップフックを背負い、ドビーの手をとって、ハリーはその場で姿くらましをした。地下室ではできなかったが、この広間は姿くらましを禁じる魔法はかけられていなかった。必要がなかったからだろう。
ロンがどうしたかを確認する余裕はなかったが、ハーマイオニーを抱えて姿くらまししたのに違いない。
ヴォルデモートは到着するまで数秒しかないと、ハリーは感じていた。

ハリーは固い地面に着いたのを感じた。潮の香りがした。
「ドビー、ここが貝殻の家なの?」とハリーは声をかけたが、ドビーの返事はなかった。ドビーの胸にはベラトリックスが投げたナイフが刺さっていた。