ハリー・ポッターと死の秘宝(第29章前半)

肖像画の奥のトンネルから現れたネビルは、衣服はボロボロで顔は傷だらけだった。
「君たちが来ることを信じてた!」とネビルは顔を輝かせて言った。そしてアバーフォースを見て「アブ、あと二人来るかもしれないよ」と言った。
「アブ」という略称で呼ぶところに、この何ヶ月かの間に築き上げたネビルとアバーフォースの信頼関係がわかる。二人というのは、ルーナとディーンのことだろう。夜鳴き呪文を避けて、ホッグズ・ヘッドの屋内に姿あらわしするという。

ネビルと三人はトンネルに入った。ランプが壁にかかっていて、道は平らで歩きやすい。忍びの地図にはなかった道だ。
ネビルによると、ハリーたちが知っていた外への抜け道はすべてふさがれたという。入り口には呪いがかけられ、出口には死喰い人とディメンターが待ち構えているという。この抜け道を全部見つけたのは誰だろう? 叫びの屋敷への抜け道は、スネイプもダンブルドアも知っている。では隻眼の魔女の像からハニー・デュークスへの抜け道は? こちらもダンブルドアはとっくに知っていてスネイプに教え、スネイプは自分で見つけたことにしてヴォルデモートに報告したのだろうか。

カロー兄妹は「闇の魔術に対する防衛術」「マグル学」をそれぞれ教えているという。アミカス・カローは罰則を受ける生徒を相手に磔の呪文を練習させている。アレクト・カローはマグルは低級な生き物だと教えている。
ネビルは彼らに反抗し、何度も体罰を受けた。しかしネビルは「あいつらに抵抗して誰かが立ち上がるのはいいことなんだ」と、確信を持って言う。それをハリーから学んだのだと。
あの、何をやるにもおどおどしていたネビルはもういない。いや、これがネビル本来の性格なのだろう。両親は病床で、祖母や親類からは過大な期待をされ、彼は萎縮してしまっていたのだ。

ネビルをおとなしくさせるために、死喰い人はネビルの祖母を襲って拉致しようとした。しかし襲ったドーリッシュは逆襲されて入院中。祖母は逃亡先から手紙をよこした。「ネビルを誇りに思う。それでこそ親に恥じない息子だ」と。
この祖母の態度はどうかと思う。親と同じように振る舞うことを要求し、それができないネビルを今まで否定し続けてきた。わたしなら、今更ほめられても不愉快なだけだろうと思うが、素直な性格のネビルは祖母の励ましを喜んでいる。

トンネルの終わりに扉があり、それを開けると広い部屋だった。ハリーたちは二十人ぐらいの生徒に取り囲まれ、抱きしめられた。
いたのはシェーマス・フィネガン、テリー・ブート、ラベンダー・ブラウン、アーニー・マクミラン、アンソニー・ゴールドスタイン、マイケル・コーナーの名前が書かれている。みな、ダンブルドア軍団の仲間だった生徒たちだ。

そして、ここは必要の部屋だった。ネビルがこの部屋に隠れていて空腹が我慢できなくなった時、ホッグズ・ヘッドへの通路が開いたという。
ネビルたちの抵抗運動の仲間がこの部屋を使うようになって、人数に応じてハンモックが増えたり、女生徒が加わると浴室ができたりした。

「アバーフォースが僕たちに、食事を提供してくれているんだ。なぜかこの『必要の部屋』は、それだけはしてくれない」
ネビルがそう言うと、ロンが「食料は『ガンプの元素変容の法則』の五つの例外の一つだからな」と受ける。このせりふは、15章でハーマイオニーが言ったことの受け売りだ。
しかし、あとの四つは何だろう。まず貨幣。それから生き物。魔法で杖から花や小鳥を出すことはできるが、それらは間もなく消えてしまうのではないか。それから布や皮革。布や革製品を魔法で作り出せるのなら、モリーはロンに古着のドレスを買う必要はないだろう。あとは… わからない。

そこにはラジオが置かれていた。ネビルたちはポッターウォッチを聞いていたのだ。
グリンゴッツ破りと、ドラゴンに乗っての逃走も報道されていたらしい。

その時、ハリーの傷跡が痛み、ハリーの心がまたヴォルデモートの心につながった。ヴォルデモートは荒れ果てた小屋の中にいた。足下の床下が剥ぎ取られ、穴のわきに黄金の箱が空っぽになって転がっていた。ヴォルデモートはそのとき、ゴーントの小屋にいたのだ。
ダンブルドアは2年前の夏に、ゴーントの小屋を訪れていた。ふだんのダンブルドアなら、指輪を掘り出したあとをそのままにしてはおくまい。ちゃんと床を元どおりにし、箱も持ち去ったはずだ。しかし彼はこのとき、衝動的に指輪をはめてしまってその呪いを受け、半死半生の状況だった。命からがらホグワーツへ逃げ帰るのがやっとで、小屋の床の後始末の余裕はなかったのだろう。

ホグワーツへ戻ってきてみんなに歓迎されたものの、次に何をやるのか、具体的なことはハリーにもわかっていなかった。ともかく、ヴォルデモートが分霊箱にした何かがこの城内にある。しかしそれをみんなに説明するのは難しい。
そこへルーナとディーンがやってきた。ネビルの伝言を受け取ったのだ。
続いて、思いがけずジニーとフレッド、ジョージ、リー・ジョーダンが現れた。次に現れたのはチョウ・チャンだった。

ディーンが自分の偽ガリオン金貨を見せて言う。
「伝言はこうだ。ハリーが戻った。俺たちは戦う!」
ハーマイオニーが考案したこの偽金貨は、日付を知らせるだけのものだったはずだ。もしかするとネビルたちは、ポケベルよろしく文字を数字に置き換えて連絡をとっていたのか? それとも、数字を短文に置き換える暗号をあらかじめ全員で決めていたのか?

ハリー・ポッターと死の秘宝(第28章後半)

原作者はこの小説で、何人もの際立ったキャラクターを書き分けている。中でもわたしがもっとも興味を惹かれるのはアバーフォースだ。いつか、アバーフォースを主人公にしたスピンオフ作品を読みたいものだと思っている。
ハリーが生まれる前から、身分を隠したまま兄の密偵としてさまざまな情報提供をしてきた彼。兄の葬儀に、親族としてではなく単なる知人として列席した彼。兄の死後も、ハリーを見守り、ネビルたちを助けてきた彼。だからと言って兄を全面的に肯定してきたわけではなく、「兄が偉大な計画を実行しているときには、決まって他の人間が傷ついたものだ」「兄がとても気にかけた相手の多くは、むしろ放っておかれたほうがよかった、と思われる状態になった」と冷静な見方もしている。

このアバーフォースの発言を聞きとがめたのがハーマイオニーだ。「どういうことでしょう?」「妹さんのことですか?」とアバーフォースに問いかける。
これがきっかけになって、アバーフォースは堰を切ったように妹アリアナのことを語り出す。

アリアナは六歳の時に三人のマグルの少年に襲われ、乱暴されたという。その時のことを語るアバーフォースのことばは抽象的で、実際には何が起こったのかわからない。アリアナはどんな魔法をマグルに見られてしまったのか。マグルの少年たちが「図に乗った」というのは具体的にどういうことだったのか、わからずじまいだ。不親切な書き方だと思う。
結局アリアナは精神を病み、時々発作を起こして魔法を爆発させるようになった。父はマグルの少年たちを攻撃し、そのためアズカバンに収監されたが、理由は一切言わなかった。その後父はアズカバンで死去している。それが何年のことかは小説に書かれていないが、2章の追悼文からアルバスの在学中のことだったと思われる。

アリアナが十四歳の時、アルバスは卒業し、エルファイス・ドージといっしょに卒業旅行に出かける予定だった。しかしたまたまアバーフォースが不在の時にアリアナが発作を起こし、その破壊力によって母のケンドラが死んだ。
アバーフォースは学校をやめてアリアナの世話をしようとした。アリアナを落ち着かせることができたのはアバーフォースだったからだ。しかしアルバスは反対し、アリアナの世話をし始めた。

数週間はなんとかやっていたが、グリンデルバルトがこの村に来て状況が一変した。アルバスははじめて自分と同等の才能を持つ相手に出会い、意気投合した。二人は死の秘宝の探求や「より大きい善のため」魔法界を改革する計画に夢中になり、アルバスはアリアナの世話をおろそかにし始めた。

夏休みが過ぎていき、アバーフォースがホグワーツへ戻る日が迫って来た。
兄とグリンデルバルトが旅行の計画を立て、アリアナを伴おうとしていることにアバーフォースは反対した。アリアナは動かせるような状態ではないと。
アルバスは気を悪くし、グリンデルバルトは激怒した。
アバーフォースはもともと「頭脳派でなく肉体派」のタイプだ。アバーフォースとグリンデルバルトは、言い争いから杖の応酬へと進んだ。グリンデルバルトがアバーフォースに磔の呪文をかけ、アルバスがそれを止めようとした。三人が呪文をかけ合う中で、気づいたらアリアナが死んでいた。三人の呪文のうち誰のものがアリアナを殺したのか、アバーフォースにはわからなかった。アルバスにもわからなかったことは、35章ではっきりする。

ハリーはここではじめて、洞窟で毒薬を飲んだアルバスの反応の意味を知った。あの時のダンブルドア先生は、アリアナが死んだ日の幻覚を見ていたのだ。
そして、ドージの追悼文やリータの本のどこが真実でどこが誤解だったか、ハリーたち三人はやっと知ることができた。

国外へ逃げろと勧めていたアバーフォースだが、ハリーの決心が固いのを知ると、アリアナの肖像画に向かって話しかける。
アリアナの姿が、絵の奥へと遠ざかっていく。
しばらくすると、絵の中の姿が二人になり、今度はこちらへ近づいてくる。
そして、肖像画が開いてその奥のトンネルが見え、中から誰かが飛び出して来た。ネビルだった。

この章の中で、アバーフォースがアリアナについて話し始める前、彼は「ヴォルデモートは執拗に君を求めている」と言う。
これは完全な誤訳だ。「禁句」の魔法が効いているこの時期、ヴォルデモートの名前をそのまま口にして無事で済むはずがない。
原文は he になっているのだろう。翻訳において he や she を具体的な人名にすることはよくあることだが、ここでは絶対やってはいけないはずだ。
この出版社は、校正も校閲もやる人がいないのだろうか。たとえ翻訳者がうっかりしていたとしても、校正者か校閲者が指摘するべき誤りだと思う。

スピンオフとして作られた映画「ファンタスティック・ビースト」には、オブスキュラスという魔法現象が登場する。
アリアナはオブスキュラスを生む者だったのか?
ファンタスティックの第2作でダンブルドアは「オブスキュラスは愛に飢えた者に生まれる」という意味のことを言っているので、アリアナの症状はまた別なのかもしれない。アリアナは心を病んでいたけれど、両親やアバーフォースには深く愛されていたはずだ。

ハリー・ポッターと死の秘宝(第28章前半)

26章から最後の36章までの時間の進み方がよくわからない。全部で2日間、あるいは3日間のできごとなのだろうか? 話が目まぐるしく進んで切れ目がない。まさにクライマックスの部分だ。

三人は透明マントをかぶって、姿あらわしでホグズミードに着いた。見覚えのある街並みが目に入った。
その瞬間、「ギャーッ」という悲鳴のような音が響き渡った。夜間外出禁止令が出ていて、誰かが家の外に出ると警報が鳴る仕組みだったのだ。

「三本の箒」の戸口が開き、十数人の死喰い人が躍り出た。彼らのせりふから、やって来たのがハリーだとすぐにばれたことがわかる。
そのうちのひとりが透明マントにアクシオをかけたが、マントは動かなかった。この世界の魔法には、必ず「上には上」がある。透明マントにアクシオは効かないのだ。ハリー自身にアクシオをかけないのは、この呪文が人間には効かないからだろう。

死喰い人がディメンターを呼び、ハリーはまわりに冷気を感じた。ハーマイオニーがハリーとロンの手をとって姿くらまししようとしたが、失敗した。「姿くらましはできなかった。死喰い人のかけた呪文はみごとに効いていた」とある。そういえば「不死鳥の騎士団」の魔法省の場面で、ダンブルドアが姿くらまし防止呪文を使っていた。

ディメンターを追い払うため、ハリーはやむなく守護霊を出した。
死喰い人たちが「奴だ。あいつの守護霊を見たぞ。牡鹿だ」と言っているので、ハリーの守護霊は死喰い人たちにもすでに知られていることがわかる。

近づいてくる死喰い人たちの足音を耳にしながら、どうしていいか迷っていると、狭い脇道に面した家の扉が開き、「ポッター、こっちへ」と声がした。「二階に行け」というその声にハリーは従った。
中に入って初めてわかったが、そこはホッグズ・ヘッドだった。
二階に上がった三人は、透明マントをかぶったまま窓の外を見た。

ハリーを追ってきた死喰い人たちに、ホッグズ・ヘッドのバーテンは、さっきの守護霊は自分が出したものだと言い張る。そして守護霊の山羊を出してみせる。牡鹿と山羊、よく見れば違うはずだが、守護霊はぼんやりした霧のような外見でしかも動くから、何とかごまかすことができた。
バーテンと死喰い人のやりとりから、この店では禁制品の取引がいつもやられていて、バーテンの口が固いので悪者たちは安心して取引ができるのだとわかる。

この小説では、本人が登場する前にまず名前だけが出てくることが多いのだが、アバーフォースの名前も「炎のゴブレット」ですでに出てくる。この時「山羊に不適切な呪文をかけた」とダンブルドアのせりふにあった。原作者は「死の秘宝」で山羊の守護霊が登場することを、第4巻ですでに考えていたのだろうか。

二階の部屋のマントルピースの上に、少女の絵があった。その前に、長方形の小さな鏡がおいてある。ハリーが持っているのと対になる鏡だ。
バーテンが入ってきた。
ハリーはバーテンの顔を注意深く見た。今、彼は眼鏡をかけている。アルバス・ダンブルドアと同じブルーの目が眼鏡の奥にあった。
今まで鏡の中に見ていたのはバーテンの目だった。そして、このバーテンがアルバス・ダンブルドアの弟アバーフォースであること、ドビーを送ってくれたのはまさにこのバーテンだったとハリーは気づいた。

鏡をどうして手に入れたのかというハリーの質問に「ダングから買った。一年ほど前だ」とアバーフォースは答えた。
ダングというのはマンダンガス のことだろう。シリウスの死後(あるいはそれより前?)マンダンガス が鏡をブラック亭から盗み出し、ホグズミードで売っていたのだ。「謎のプリンス」のホグズミードの場面で、マンダンガス とアバーフォースが会っているのをハリーたちは目撃している。その時マンダンガス はブラック家から盗んだ品物を持っていた。
アバーフォースはアルバスからこの鏡の機能を聞いていたから買ったという。アルバス・ダンブルドアは一方では秘密主義を貫きながら、一方ではこんな細かいことまでアバーフォースに知らせ、後を託していた。実に用意周到な男だ。

早朝に貝殻の家を出発してから、三人はかぼちゃジュースしか口にしていない。安全な場所と思われるところにきてホッとしたら、空腹に気づく。ここで「腹ペコだ」と言い出すのは、やはりロンだ。
アバーフォースは食べ物と飲み物を出してくれた。

夜が明けたら、ホグズミードを出て山に逃げるように、とアバーフォースは忠告する。
僕たちはアルバス・ダンブルドアの指示で動いている、ホグワーツに入らなければならない、というハリーが言うと、アバーフォースは「俺の兄の、賢い計画など忘れっちまえ」と言い出す。
兄の遺志を継いでハリーを何かと助けたのも、兄の計画を忘れて安全な場所に逃げろというのも、どちらもアバーフォースの本心なのだろうと思う。

アバーフォースは妹のアリアナのことを話し始める。
リータが書いた伝記では、アリアナはスクイブで、それを恥じた一家がアリアナの存在を隠し続けたことになっていた。様々な状況が、リータの本を傍証しているように見えた。しかしハリーたち三人は、ここでアバーフォースの口から直接事実を聞くことになる。

ハリー・ポッターと死の秘宝(第27章)

ドラゴンに乗って、グリンゴッツを無事脱出できた三人。
しかしドラゴンがどこに行くのかはわからない。飛び続けているうちに、日没になった。ドラゴンは高度を落とし始めた。湖を見つけてそこへ降りようとしているようだ。
ハリーの合図で、三人は湖へ飛び降りた。ドラゴンはさらに飛び続け、遠くの湖岸に着陸した。

ドラゴンが屋外へ出られたのも、三人が途中で振り落とされなかったのも、湖へ飛び込んだ三人がドラゴンに食べられなかったのも、すべて偶然による幸運だ。話ができすぎている感じは否めない。しかし児童文学としては、よくできた冒険譚と言えるだろう。
また、グリンゴッツに入ってから湖へ飛び込むまで、ハリーがほぼ主導権を取っていたことは注目していいだろう。「死の秘宝」での結婚式以来、リーダーはいつもほとんどハーマイオニーで、ハーマイオニーがいなかったらハリーは死んでいたかもと思う場面も何度かあった。しかしこのグリンゴッツ破りで、ハリーはやっと主人公の面目を保てたような気がする。

三人はドラゴンが着陸した岸と反対側へ泳ぎ、泥水をかき分けながら岸へ着いた。
ハリーは疲れ切っていたが、自分を励まして周りに保護呪文をかけた。ハーマイオニーはハナハッカのエキスを自分の体に塗り、ハリーにも渡した。三人とも、金庫の「燃焼の呪文」で顔にも腕にも火傷をしていたのだ。
ハーマイオニーはかぼちゃジュースと乾いたローブを三人分取り出した。例のビーズバッグに入れていたのだ。三人はそれぞれ着替えた。ハーマイオニーはおそらく下着の替えもバッグに入れていたのだろうと思うが、そこまで書かなくてもいいと原作者は思ったのだろう。

「座り込んで両手の皮が再生するのを見ながら、ロンがようやく口を開いた」と書かれている。
ハナハッカのエキスは、見ているうちに皮膚を再生させられるのだ。骨折をすぐ治せることといい、魔法界の医学はマグル界より進んでいるらしい。

分霊箱は新しくひとつを手に入れた。ハッフルパフのカップだ。
しかし、この分霊箱を破壊するための剣がなくなった。グリップフックの手に渡ったのだ。しかしこれは、グリップフックの方に理がある。金庫破りを手伝ったら剣をあげると約束したのだから。

ここでのハーマイオニーとロンの会話が面白い。
私たちが分霊箱のことを知っていることが例のあの人にわかってしまうだろう、とハーマイオニーが言うと、ロンは「奴らはあの人に怖くて言えないかも」と返す。いつも自分に都合のよいように物事を考えたがるロンの傾向がよくわかる。

ハリーの意識が、突然ヴォルデモートの意識につながった。ドビーが死んだときに克服したように見えたが、また以前と同じようなつながり方だ。
これはストーリーの都合上と言ってしまえばそれまでだが、ハリーがヴォルデモートの動向を知るためには便利な現象だと言える。意識がつながったことによって、ゴブリンが事件をヴォルデモートに報告したこと、激怒したヴォルデモートが怒り狂ってそばにいたゴブリンや魔法使いを殺したことがわかる。
「ベラトリックスとルシウスは、他の者を押しのけて扉へと走った」と書かれている。ベラトリックスさえも恐怖に支配されていること、死喰い人どうしには同志愛などないことがよくわかる。

ヴォルデモートは分霊箱が無事かどうかを考えた。その時ヴォルデモートの頭に浮かんだ場所が「湖、小屋、ホグワーツ」だった。
湖というのはダンブルドアとハリーが行った洞窟内の湖で、小屋というのはゴーント家のことだ。ヴォルデモートは、どちらに置いた分霊箱も無事なはずだと考えている。
そして、ナギニについてもヴォルデモートは考える。もう俺様の命令を実行させるのはやめ、俺様の庇護の元に置こうと。

この時点で、ハリーは(そして読者も)残りの分霊箱のありかをほぼ把握した。
日記は「秘密の部屋」でハリー自身が破壊した。それはヴォルデモートも知っている。
指輪はすでにダンブルドアが破壊した。ロケットはつい最近ロンが破壊した。ただしヴォルデモートは知らない。
4つ目の分霊箱であるハッフルパフのカップはハリーの手元にある。
残るは、ホグワーツのどこかに隠されている「何か」と、そしてナギニだ。

ヴォルデモートは、日記とカップ以外の分霊箱が無事かを確かめに行くことにした。部下を信用しない彼のことだから、ひとりで行動することになる。最初に行こうとしたのはゴーントの小屋だ。
ダンブルドアは、俺様の2番目の姓を知っている」と書かれているのを読んで、はてな?と思った。
原文は middle name だから「姓」ではないと思うのだが。

ハリーは、ヴォルデモートの意識を通じて知ったことを、ハーマイオニーとロンに話した。
ヴォルデモートはゴーントの小屋へ向かった。そこにもう指輪がないとわかったら、ホグワーツにある分霊箱を移動させてしまうだろう。すぐにホグワーツへ行こう、とハリーは提案する。
まずホグズミードに行こう。そこで学校へ行く方法を考えよう。これは無茶な提案に見えたが、結果的には正解だったことになる。

三人は透明マントをかぶって、ホグズミードへと姿くらましをした。

ハリー・ポッターと死の秘宝(第26章後半)

錯乱の呪文と服従の呪文で何とかその場を切り抜け、ハリーたち三人とグリップフックは銀行の内部に入ることができた。年老いたゴブリンのボグロットが、服従の呪文によって鳴子を手についてきた。グリップフックは職場を離れていたためトロッコを運転する権限を失っているので、ボグロットが運転した。トロッコは地下の深いところへ向かって走って行く。

ヘアピンカーブを曲がったとたん、目の前に滝が見えた。トロッコはその滝へ突っ込んだ。トロッコが傾き、全員が投げ出された。ハーマイオニーが何か叫んだ。ハリーはふわりと岩だらけの地面に着地した。ハーマイオニーはクッション呪文をかけたのだ。この呪文を自分だけでなくトロッコに乗っていた全員に効くようにするなんて、やはりハーマイオニーはすごい。いやそれ以前に、こんな状況の中でとっさにクッション呪文を思いつくこと自体がすごい。もしクッション呪文をかけなかったら、ハリーたちはどうなっていたのだろう。

この滝は「盗人落としの滝」と呼ばれていると、グリップフックが説明する。ベラトリックスが偽物とわかって、セキュリティ装置が起動したのだ。
ボグロットにかけた服従の呪文も解けてしまったので、ハリーはもう一度インペリオをかけ直した。
そこからは歩いて、レストレンジ家の金庫に向かった。

金庫の前には、ドラゴンがいた。鎖でつながれている。
長い間地下にいたせいでほとんど目が見えなくなっていた。しかも、鳴子を振ると、ドラゴンは痛い目にあうと思って後ずさりするというのだ。読んでいて「ひどい!」と思った。映画ではハーマイオニーが「虐待だわ」と言っているが、このせりふを小説でも言わせたかった。

グリップフックの助言でハリーはボグロットに再び服従の呪文をかけ、ボグロットは金庫の扉に自分の手のひらを押し付けた。金庫の扉が消えて、中が見えた。
「賢者の石」でハリーがハグリッドといっしょにグリンゴッツの金庫に入った時、グリップフックは「グリンゴッツのゴブリン以外の者がこれをやりますと、扉に吸い込まれて、中に閉じ込められてしまいます」と言っていた。

ハリーたちが中に入ると、また扉が閉まって真っ暗になった。杖明かりをつけて、三人はハッフルパフのカップを探した。ベラトリックスが金庫に入れたものがほんとうにハッフルパフのカップだったのかどうかはわからない。レイブンクローゆかりの何かの品かもしれない。
宝には「双子の呪文」と「燃焼の呪い」がかけられていることがわかった。何かに触れると宝が分裂して数が増え、触ると火傷をするのだ。「コピーには価値がない」とグリップフックが説明しているので、本物以外は一定時間がたつと消えるのだろう。しかしその前に、泥棒は押しつぶされてしまうという仕掛けなのだ。

ハリーたちはやっとカップを見つけた。レビコーパスの呪文で体を浮かせて、グリフィンドールの剣にカップを引っ掛けた時には、灼熱した宝物の山にみんながほとんど埋まっていた。
リベラコーパスの呪文で落下した時、剣がハリーの手を離れて飛んだ。グリップフックはその剣に飛びついた。ハリーはかろうじてカップの方をつかんだ。カップが熱くなり、いくつものコピーが流れ出ても、最初のカップは離さなかった。
その時扉が開き、ハリーたちは宝といっしょに流されるように外に出た。

まわりにはたくさんのゴブリンたちが集まっていた。
グリップフックは「泥棒!助けて!」と叫んでゴブリンたちの中に混じった。
ここでゴブリンたちがグリップフックをすぐに受け入れた理由は書かれていない。受付でハリーが服従の呪文や錯乱の呪文を使ったことから、グリップフックも意に反して服従させられていたと解釈されたのだろうか。

ハリーはとっさに思いつき、ドラゴンをつないでいる鎖をレラシオの呪文で離した。ハリーの指示でハーマイオニーとロンもドラゴンの背にのぼった時、ドラゴンは自由になったことに気づき、動き出した。
ドラゴンは炎を吐き、壁を吹き飛ばしたり爪で壊したりした。三人はデイフォディオの呪文ででドラゴンの破壊を手伝った。

ドラゴンはとうとう大広間に出た。目が見えなくても、新鮮な空気のある方向を嗅ぎ分けたドラゴンは入り口の扉を突き破り、外へ出ると空へ舞い上がった。
映画では、丸屋根を壊して飛び立つという設定になっている。確かに、その方が絵になる。

ずっと地下でつながれていて翼を動かせず、しかも視力を失っていたドラゴンが飛べるというのは生物学的におかしい。しかし、蛇が音声でコミュニケーションをする世界だから、生物学の知識を持ち出すのは野暮というわけだろう。

ハリー・ポッターと死の秘宝(第26章前半)

貝殻の家に着いてから、数週間がたっていた。

マントルピースの上に置かれた小瓶には、長くて硬い黒髪が一本--マルフォイの館で、ハーマイオニーの着ていたセーターからつまんだ毛だ--丸まって入っていた」と書かれている。
この髪の毛を使って、ハーマイオニーがベラトリックスに化けるという計画なのだ。
「秘密の部屋」で、ハーマイオニーは誤って猫の毛を使うという失敗をしている。しかし今回は大丈夫。この黒髪はベラトリックス以外のものではあり得ない。

ハーマイオニーは自分の杖を失ったので、ハリーがドラコから奪ってきたベラトリックスの杖を使うことにした。ベラトリックスのふりをするのに本人の杖を使うのは好都合だというハリーに、ハーマイオニーは「この杖がネビルの両親を苦しめ、シリウスを殺した」と嫌悪感を示した。
ハーマイオニーは自分の力でこの杖を奪ったわけではないので、杖の忠誠心を得られず、杖を使っていても違和感があったのだ。
ハリーも自分の杖が折れているので、ドラコが使っていたサンザシの杖を手にしていた。この杖はハリーが奪ったものなので、しっくり使えた。折れたヒイラギの杖ほどではなかったが。

ハリーたちはビルとフラーに、明日の早朝に出発すること、見送りは要らないということを言っておいた。もちろん、グリンゴッツ破りをするという具体的な計画は言っていない。
ハーマイオニーの手にはビーズバッグがあった。人さらいに捕まったとき、ハーマイオニーがそのバッグを自分が履いていたソックスに隠して守ったということが、ここでわかる。ハナハッカのエキスや着替えや本など、要りそうなものをいっぱいに詰めたバッグだが、魔法界は物理の法則が通用しない世界だから、バッグも中身も限りなく縮小できるらしい。

決行の日。「六時になって(中略)まだ薄暗い中で着替えをすませた」と書かれている。
今、いったい何月なのだろう。このあと物語は一気にホグワーツの戦いまで進んでいく。Pottermore によればホグワーツの戦いは5月2日。するとグリンゴッツ破りは4月の後半だろうか。イギリスの4月の六時はどんな明るさなのだろう。

ハリー、ロン、ハーマイオニー、グリップフックの四人はビルの家の庭で落ち合った。
ハーマイオニーはすでにベラトリックスに変身していた。ポリジュース薬は一時間しか持たないのに、ここで変身してしまって大丈夫なのかと思った。
「反吐が出そうな味だったわ。ガーディルートよりひどい」とハーマイオニーが言う。ガーディルートって何だっけ?と思ったが、ゼノフィリウスの家に行った時に出された飲み物だった。

ハーマイオニーは杖を出し、呪文を小声で唱えながら、ロンの容貌を変えた。
ハーマイオニーがベラトリックスに化け、別人になりすましたロンといっしょにグリンゴッツに行く。ハリーはグリップフックを背負って透明マントをかぶる。それが計画だった。

忠誠の呪文が切れる場所まで歩いて、そこで全員が姿くらましをした。
着いたのはチャリング・クロス通りで、「漏れ鍋」の前だった。
四人は「漏れ鍋」を通り過ぎ、ダイアゴン通りを歩いた。ここでまずいことに、死喰い人の一人、トラバースに会った。ハーマイオニーは何とか、ボロを出さずにベラトリックスになりすますことができた。この場面のハーマイオニーの受け答えは、実にみごとだと読んでいて思った。
彼もグリンゴッツに用があると言い、いっしょに歩き出した。これは困った状況で、ハリーたちは小声で相談することもできなかった。

一行はグリンゴッツに着いた。扉の両側に「潔白検査棒」を持った魔法使いが立っていた。このことはすでにグリップフックから聞いていたので、ハリーたちには心の準備があった。ハリーは錯乱の呪文をかけた。
呼び止められたハーマイオニーは、「たった今、済ませたではないか」と嘘をついた。錯乱の呪文のおかげでそれが通り、一行はホールまで入ることができた。
受付でも怪しまれたが、ハリーが服従の呪文をかけ、ベラトリックスだと信用させた。

それにしても、天下のグリンゴッツがどうしてこうも呪文に弱いのか。
錯乱の呪文や服従の呪文を使える魔法使いはたくさんいる。現にハリーが使ったではないか。こんな呪文で突破できるなんて不自然すぎる。
せっかくグリップフックがいるのだから、魔法使いの呪文では破れない守りをグリップフックの知識で破っていくというストーリーにできなかったのか。
このグリンゴッツ破りの展開は、かなり白ける。

はりー・ポッターと死の秘宝(第25章後半)

貝殻の家に着いたその日にでもグリップフックをミュリエル大おばの家に移すことができたのに、何日もこの家に留めているのは、ハリーがそう頼んだからだった。グリンゴッツに入るのに、グリップフックが必要だったからだ。
人間とは好みが違うグリップフックのために、フラーは別の食事を用意しなければならなかった。厄介をかけていることをハリーが謝ると、フラーは言った。
「あなたはわたしの妹の命を救いました。忘れません」
このせりふは腑に落ちない。
三校対抗試合の第二の課題の時のことを言っていることは間違いない。しかし、人質が安全であることを、ダンブルドアはその人質たちに説明したはずではないのか? 仮に妹のガブリエルが幼さゆえに理解できなかったとしても、試合が終わったあとで「実は人質は安全だった」と、誰もフラーに説明してあげなかったのか? マダム・マクシームは言わなかったのか?

また、この場面で「ガブリエルの命が本当に危なかったわけではないことを、フラーには言わないでおこうと思った」とハリーが考えるのも不愉快だ。フラーは本当のことを知る権利がある。また、本当のことを知ったとしても、ガブリエルを救おうとしたハリーの気持ちは同じだし、フラーの感謝の気持ちが消えることはないと思うのだが。

オリバンダーがミュリエル大おばの家に移動することになった。
フラーは、結婚式の時に返し損ねたゴブリン製のティアラを、オリバンダーに預けた。そのやりとりを見ていたグリップフックが、恨みがましい目つきをしていることにハリーは気づいた。

オリバンダーを送っていって戻ってきたビルの話から、ウィーズリーの家族がほぼ全員ミュリエルのところにいるのがわかる。両親、ジニー、フレッドとジョージ。
フレッドとジョージはミュリエルの家でまだ通信販売を続けていて、おばさんをカンカンに怒らせているという。そんなことをしていては、どんなきっかけでミュリエルの家が死喰い人に襲われるかもしれないのに、困った二人だ。

そこへルーピンがやってきた。妻のニンファドーラ・トンクスが男の子を生んだと知らせにきたのだ。
ここでルーピンが「テッドと名付けたんだ」と言った少しあとで「君が名付け親になってくれるか」とハリーに言うせりふがある。godfather を「後見人」とせずに「名付け親」と訳してきた矛盾が一気に吹き出たわけだが、なぜここだけでも「後見人」にしなかったのだろう。
何の説明もなしに「姉」を「妹」に変え、その上ペチュニアの方が年上とはっきりわかる部分を省くような翻訳者なのだ。途中で「名付け親」を「後見人」に変えるぐらいやっていいんじゃないのか?

台所でハリーとビルが二人きりになった機会をとらえて、ビルが言った。
「グリップフックと何か取引をしたなら、特に宝に関する取引なら、特別に用心する必要がある。ゴブリンの考え方は、ヒトと同じではない」
ゴブリンにとっては、どんな品でも、正当な持ち主はそれを作った者であり、買った者ではない。金を払った者に貸したと考える、というのだ。

ビルがグリンゴッツで働いていたことは「秘密の部屋」ですでに書かれている。その設定が、ここになって生きてくる。ハリーのまわりにいる人物で、グリンゴッツで長い間ゴブリンといっしょに働いた魔法使いはビルだけだ。ビルだけが、ハリーにこの忠告をすることができる。

また、ゴブリンと魔法使いとは別々の価値観を持ち、別々の社会を作っていることが、「死の秘宝」15章とこの章とではっきりする。
「アズカバンの囚人」で、脱獄犯シリウスの口座から大金が動いたのに、グリンゴッツの関係者が魔法省に通報しなかった理由が「死の秘宝」でやっと納得できた。