ハリー・ポッターと死の秘宝(第15章前半)

魔法省から逃走し、ワールドカップがあった森へ着いて、一夜が明けた。
三人の「分霊箱探しの旅」は、実質的にはここで始まる。
早朝、ハリーはテントを出て森の中を歩き、大きな木の根元にムーディの目玉を埋めた。
結婚式場から逃げ出した直後に喫茶店で襲われているのだから、グリモールド・プレイスを離れた今、いつどこで突然襲われても不思議はない。それなのにどうしてハリーはひとりで行動したのだろう。どうしてもわからない。ムーディの目を埋めるのに、単独行動をする必要はないだろう。
強いて言えば、大怪我をしたロンはテントに残す必要があるし、ハーマイオニーとふたりで出かければロンがひとりになることを心配したのかもしれない。

一か所に長く留まらない方がいいと、三人は小さな町の郊外に移動した。
食べ物を手に入れようと、ハリーは透明マントをかぶって出かけたが、吸魂鬼に出会って足が止まっていまい、守護霊の呪文を使おうとしたが、なぜかうまくいかなかった。

空腹に弱いロンは、食べ物を持って帰らなかったハリーにかみつき、ハリーは激しいことばで言い返した。ロンとハリーの言い争いがエスカレートしていくのを見たハーマイオニーが気づいた。アンブリッジから奪ったロケットを身につけていると、ハリーがどんどん不機嫌になる。ロケットに宿っているヴォルデモートの魂は、マイナスの感情を増幅するのだ。
ハリーがロケットを体から離してハーマイオニーに渡すと、ハリーの気分がすっと楽になった。守護霊を作り出せなかったのはロケットのせいだったらしい。
テントの中に置いておくのも不安なので、三人が交代で身につけることにした。

ここでロンがイライラ声で言う。
「そっちは解決したんだから、何か食べ物をもらえないかな?」
自分はただ待っていれば、あとのふたりが食べ物を運んできてくれると思っているロンに、読んでいるこちらがイライラした。いくら怪我をしているといっても、その言い方はないだろう。

結局三人はもう一度移動し、近くの農家からパンと卵を持ち去った。お金を置いてきた、とハーマイオニーが言う。ロンもハリーもマグルのお金は持っていないのだから、お金に関してもハーマイオニーが頼りなのだ。
スクランブルエッグを作ったと書かれているが、料理をしたのはハーマイオニーかハリーがどっちだろう。ダーズリー家にいた時は使用人のように扱われていたハリーだから、鍋と火さえあればスクランブルエッグぐらい作れるはずだ。

それから何日かたったが、次にどこへ行くのかを決めるのは難しく、分霊箱のあり場所について何度も同じ議論が繰り返された。
その中で、ハリーがヴォルデモートの名前を言いそうになるたびにロンが止め、ハリーは「例のあの人」と言い直した。あとで考えれば、それが正しかったのだ。ただ、この時点ではロンは禁句のことを知らなかったのだけれど。

何日が、何週間になった。
空腹になるとロンが不機嫌になり、お腹がいっぱいになると機嫌がよくなる。それが繰り返された。これまでの巻で何度もロンの食いしん坊ぶりが描写されたが、この時のための伏線だったのだろう。
分霊箱を探す具体的な当てがないことと、食料問題とが重なって、三人の関係がしだいにギクシャクしてくる。ヴォルデモートに関する情報が入らないことも一因だった。

ロンが「ママは、何もないところからおいしい物を作り出せるんだ」と言い出す。
ハーマイオニーは「何もないところから食べ物を作り出すことは、誰にもできない。食べ物は『ガンプの元素変容の法則』の主たる五つの例外のその第一で…」と反論する。
ただし、食べ物がどこにあるかを知っていれば「呼び寄せ」できるし、少しでも食べ物があれば、変身させることも量をふやすこともできるというのだ。
これまでずっと魔法界を描いてきたのに、食べ物についてのこの設定の記述は初めてだ。ウィーズリー家が貧乏で、衣類や教科書を買うにも不自由しているのに、食べ物だけは豊富だったこと、ハリーやハーマイオニーが居候しても食費を払っているようすがなかったことが、ここでやっと納得できた。

ところで「五つの例外」って、何だろう。
まず食べ物、次は貨幣だろうか。貨幣を無から作り出したり、魔法で増やせたりしたら貨幣経済は成り立たない。あとは何だろう? ウィーズリー家が衣類や本やほうきを買うのに不自由していたのを見ると、これらも無からは作れないのだろう。

その時、テントの外から声が聞こえた。
数人いるようだったが、川の流れの音が重なって、会話の内容がわからない。
ここで、ハーマイオニーがバッグから「伸び耳」を取り出した。これも双子がハリーにプレゼントしたのだろうか。ウィーズリー家に滞在中、ハーマイオニーは何日もかけて荷造りをしていた。伸び耳も入れていたのだ。
伸び耳のおかげで、会話が聞き取れた。

声の主はゴブリンのグリップフックとゴルヌック、それに魔法使いのテッド・トンクス、ダーク・クレスウェル、それにグリフィンドールの同級生、ディーン・トーマスだった。
この五人の会話を盗み聞きできたことで、これまで把握できなかった魔法界の状況が少しはわかるようになる。ハリーにとっても、そして読者にとっても。
ここでわかったのは、テッドがマグル生まれ登録を拒否して逃亡中だということ、ディーンは母がマグル、父は消息不明で魔法使いかどうかを証明できないこと、ダークはアズカバンに収容されるところだったが、護送中に逃走したこと、ふたりのゴブリンは魔法省の要求を拒否したために危険を感じて逃亡したことだ。
そして三人にとって何より重要だったのは、ジニーと他のふたりの生徒が校長室へ忍び込み、グリフィンドールの剣を盗み出そうとしたことだった。スネイプが三人を捕まえて、罰を与えた。
その数日後、スネイプはグリフィンドールの剣をグリンゴッツへ送った。ところがグリップフックによれば、その剣は偽物だというのだ。スネイプはそれを知らないと。

あとでわかることだが、スネイプは本物を校長室に隠しておき、偽物をグリンゴッツに送ったのだ。
他のふたりの生徒というのは、ルーナとネビルだろう。しかし彼らは、なぜグリフィンドールの剣を盗もうと思ったのだろう? グリフィンドールの剣が書類上はハリーに遺贈されたことを知っていたのだろうか?

そしてグリップフックとディーンは、23章でハリーたちと再会する。テッドとダークは、のちになって殺されたことがわかる。