ハリー・ポッターと炎のゴブレット(第4章)

第3章で書き忘れたことがひとつ。
小説の内容ではなく、日本語への翻訳の問題だ。
ハリーは、シリウスに手紙を書くとバーノン伯父をおどかすが、その時のハリーの気持ちは「やったぞ。殺し文句を言ってやった」と書かれている。
翻訳者が「殺し文句」ということばの意味を知らなかったとしても、それは責められない。誰だって、すべての日本語を正確に使えるわけではない。
しかし、まともな出版社だったら、編集者や校正者が気づいて直すはずだ。
いったいこの出版社の体制はどうなっているんだ、と腹が立ったのは二度目だった。一度目は「賢者の石」のびんのパズルのところ。パズルの文自体が矛盾しているのに、誰も気づかないのかと不思議だった。
ネットで知った限りの知識だが、静山社はほとんど個人事業で、松岡祐子の訳文を誰もチェックしていないらしい。それとも松岡がワンマンで、誰かが「ここは変だ」と思ってもそれを言い出せない雰囲気でもあるのか?

さて、第4章。
魔法使いがハリーを迎えにくると知って、バーノンはピリピリしている。
当然のことだと思う。バーノンとダドリーが初めて魔法使いを見たのは「賢者の石」4章、海の中の岩に立つ小屋でのできごとだった。あの時は大男のハグリッドが現れて、バーノンが持っていた銃をねじ曲げ、ダドリーの尻に尻尾を生やしたのだ。

バーノンが魔法使いの服装を話題にしたとき、ハリーは心中で「ウィーズリー夫妻が、ダーズリー一家が『まとも』と呼ぶような格好をしているのを見たことがない」と考えている。映画では、魔法使いもマグルの服装を身につけている場面が多いけれど、原作のイメージでは、魔法使いは日常的にマグルとは違う格好をしているのだ。

予告された5時を過ぎ、5時30分頃。居間で悲鳴があがった。ハリーが玄関から居間へ戻ってみると、暖炉の中からガリガリという音と、アーサー・ウィーズリーの声が聞こえた。
暖炉が壊され、アーサーとフレッド・ジョージ、それにロンが暖炉から出てきた。

「マグルの暖炉は、厳密には結んではいかんのですが… しかし、煙突飛行規制委員会にちょっとしたコネがありましてね。その者が細工してくれましたよ」
このアーサーのせりふにはかなり腹がたった。この男は、マグル関連の品物を取り締まる役人なのだ。そのアーサーがコネを利用して違反行為をし、それを自慢げに話すとは。
物語がハリー視点だから、アーサーは「良い人」だし、この場面のバーノンやダドリーはおもしろおかしく描かれている。しかしわたしの目には、アーサーは自分勝手な人間に見える。いくらあとで元どおりにできるからといって、彼にマグルの暖炉を壊す権利はないはずだ。

フレッドとジョージがハリーのトランクを二階から取ってくる。居間に戻ってダドリーを見つけると「二人の顔がそっくり同じに、ニヤリと悪戯っぽく笑った」と書かれている。計画どおりカモがいたぞ、ということなのだろう。

フレッドはわざと菓子袋を落とし、散らばったヌガーをかき集めて暖炉に消えた。続いてジョージ、ロン。
ハリーが暖炉に入った時、ダドリーに異変が起こった。舌が30センチほど伸び、ゴホゴホとむせている。
アーサーは双子のいたずらと気付き、元に戻そうとしたが、バーノンたちは信用せず、争いになった。
ハリーはアーサーにうながされ、暖炉から移動した。

ここでダーズリー家の三人がアーサーを信用しなかったのは当然だ、とわたしは思う。
魔法使いたちは、これまで、ダーズリー家をひどい目に合わせてばかりで、助けてくれたことは一度もない。
何の心準備もないペチュニア夫妻に、いきなりハリーを預けた。それも手紙ひとつつけただけで。1歳の男の子をふたり同時に育てることがどんなに大変か、子育て経験のある人ならわかるだろう。
たとえば、ダンブルドアがちゃんと養育費を渡していたら、それだけでもペチュニアの気持ちはずいぶん違ったのではないか。「賢者の石」でハリーとハグリッドがグリンゴッツへ行ったとき、ハグリッドはハリーの金庫の鍵を持っていた。当然ダンブルドアが渡したのだろうし、ダンブルドアはハリーの金庫からハリーの養育費を引き出すことができたのではないか。
また、11歳までのハリーがいろいろな事件を起こしたとき、ダンブルドアがダーズリー家を訪ねて状況を説明し、ハリーが壊したものを元に戻すとか、周囲の人の記憶を修正するとかして、ペチュニアが困らないように配慮することはできたはずだ。
ハリーを預けっぱなしで何もせず、ハグリッドのような無骨者を使いによこすのは、ダーズリー夫妻をないがしろにした態度だと思う。

アーサーもアーサーだ。マグルを好きなくせに、マグルの生活がどんなものか知ろうとはせず、単にマグルの道具をコレクションしているだけだ。たとえて言えば、釣りをしたことがないのに釣りに使うウキを集めているようなものだ。
マグルの暖炉をネットワークに結ぶことがなぜ禁止されているのか、彼は考えたことがないのだろうか?